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昇華プリント専門|オリジナルウェア・ユニフォーム制作|絆工房

【絆のカタチ】No. 11FMジャングル様

絆工房とFMジャングル

絆工房とFMジャングル

各地域の祭り、運動会当の催しも終わり、年の瀬、正月へ向けての準備に心は向いているのではありませんか? 
今はもう、暑かった夏もその気配さえ感じることが出来なくなってきています。
さて、今回の絆のカタチはFMジャングルさんを絆のカタチでご紹介します。
13年間、開局当時から株式会社エフエムたじまで活躍して来られた局長の西村基さまにお話しをおうかがいしました。 
取材を申し込みましたら快くお受け頂きましたが、取材をするのは慣れているが、されるのは余り無く戸惑っていると言われましたが
貴重な経験をして頂きました。

しかし、さすがに職業柄、慣れたものでしゃべりに於いてはプロですから沢山お話しを聞かせて頂きました。
皆さんご存じの通りFMジャングルはこの但馬地域に根ざした放送局です。
地域に密着した情報を基にいろんなコミュニケーション活動にいそしんでおられます。
関わっているのは企業・地域各種団体・学校関連・個人までいろんな所に及んでいて
ある意味スゴク影響力のある仕事をされているんだナーと改めて感じました。

番組の内容はバラエティに富んでおり、地域観光にまつわるグルメイベントから、お祭り情報、地域で活躍する企業訪問、
お薦め商品情報、各学校の学生さんレポート・迷子の子犬情報まで、地域の人たちが元気になり、ここでないと聴けない情報を
リアルタイムで発信して喜ばれていると西村さんは語っておられました。

具体的には「てるてる坊主」と言い豊岡在住の住職2人の法話がラジオで聴けるという。
どんな法話なんでしょうね。
ちょっと興味がそそられます。

それから「青春アイモード」これは高校生が打ち込んでいる部活での熱い思いを話してくれる番組。
それぞれ身近な人の話なので興味を持って頂けるはず、とのこと。
また、『平成16年台風23号被害を受けた、大変なその年のクリスマスにFMジャングルが開催したイベント、
「クリスマス&復興イベント・がんばら~で但馬」に馬場俊英さんに出演して歌って頂きました。

絆工房とFMジャングル

中でも「スタートライン」という曲はFMジャングルが新たなスタートを切るに相応しい想い出深い詩だった』・・・

西村局長にその時の想出を熱く語って頂きました。
これからラジオというカテゴリーの存在意義を益々問われる時代に入りました。
コミュニケーション・絆づくりに関し可能性は非常に高いものが有るように感じます。
これから益々FMジャングルらしさを追求して面白い世界を私たちに聴かせてください。 

期待してます。
 
以上
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【絆のカタチ】No. 12河西ふとん様

絆工房と河西ふとん

 

絆工房と河西ふとん



今年も既に永い一月も過ぎ去り、二月も早、半ば、あなたの夢は叶いそうですか?
さて、今回の絆のカタチは日高バイパス交差点に店舗を構えられている「河西ふとん店」の河西栄治(39歳)さんをご紹介します。
現社長の栄治さんは末っ子、銀行マンだった頃からオヤジの背中を見ながら育ってこられました。
その親父(現相談役)さんも祖父の後を継いでこられ、栄治さんは三代目となります。
そんな栄治さんが絆について語ってくれました。
 「創業77年となる河西ふとん店、歴史もありそれなりのプレッシャーを感じながら親の後ろ姿を追いながら、
何とかここまでやって来ました。その陰には祖父、親父と繋いできた店に対する思いや物語が連綿とありました」と・・・
多分それが絆なんだろう。
また「オヤジには自分に無い何かがある。それは人情味と徹底した『けち道』です。
何かに付け「もったいない」とすぐ口から出る。 
電気器具の扱いでもよく言われました。
小さい頃はよく反発したものでした。
私はその話をお聞きし、そこにこそ儲けの基本があると思いました。

商売の鉄則は如何に安く仕入れ高く売るか!です。 
だからといってボッタクリはいけません。
その差をアイデア、工夫、サービス、世界観で満たして上げて初めてお客さまは喜んで買って下さる。 

ですからオヤジさんの『けち』の陰にも目には見えないが沢山のアイデアが埋め合せされていたのだと思いました。
今のバイパス店も多大な投資をされて現在がある、
決して『けち』だけでは出来ないことですね。
また、77年の永きに於いて築いて来られたお客さまとの『絆』は大きな財産です。

その財産に頼るのではなく活用して行こうと、栄治さんはじっくりと考えて話してくれました。
『眠りについての提案』その一つがエコな暮らしに役立つ「めん綿の打ち直し」、これからの時代に必要とされるリサイクルビジネス。

絆工房と河西ふとん


布団は毎日使うモノ。
人の身体にとって一番いい物を探し、作り、提案し、お届けする。
『眠りについての専門家』に掛けていくとのことでした。
栄治さんは店に入って12年、社長となって2年、当にこれから先代の期待の元、河西ふとん店を担っていこうと決意を新たにされている事がお話しの中から伺えました。 地元日高町で頑張る若き経営者を私も陰ながら応援させて頂きたいと思いました。快く取材に応じて頂き感謝!です。   
 
以上
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【絆のカタチ】No. 13卓球ロードスカイ様

絆工房とロードスカイ

絆工房とロードスカイ

すっかり季節は春になり、新たな芽吹きをあちこちで感じる時期になりましたね。  
  入学式、入社式、毎年この時期にやってくるイベントにもかかわらず、春が来て夏になり、秋を迎え、また冬に入って行く・・・
そして春がやってくる。
必ずやってくる。
みんな心をときめかせる。
この繰り返しこそがストーリーそのものだと云うことを強く感じさせてくれる今日この頃です。
さて、今回の訪問先は日高町山本に在る「ロードスカイ卓球場」です。

絆工房とロードスカイ
絆のカタチを求めて、オーナーの谷口隆夫さんからお話しを聞かせて頂きました。
谷口さんは現在57才、中学生の頃から卓球に目覚め将来卓球選手を目指すも、夢破れ卓球から一旦は離れましたが、
その想いを捨てきれず1990年に「ロードスカイ」というチームを作りました。

そして新体連全国大会35才以上の部で2年連続準優勝から間もなくジュニアの部を創設。
小学生を指導する立場となり育成に邁進するが、自分一人の限界を感じ以前から交流のあった中国選手を選任コーチとして招きました。
その時はまだ勤め人でしたが2001年に退職し卓球専用体育館を自己資金で建て、現在11年目の春を迎えています。

絆工房とロードスカイ
そんな経歴の谷口さんからはエネルギッシュと言う言葉より、とても静かに燃える闘魂を感じます。
趣味の延長線の仕事として取り組んではいるが、
何より事業を継続発展させていく動機は、手塩に掛けた子供達が大きく成長してくれる姿が一番のエネルギーになっている。
子供達が成長していく喜びは、生徒自身にとっても谷口さん彼自身にとっても大きな喜びである。
私(笠原)は以前聞いたこんな言葉がある。
それは「成長とは青虫が葉っぱを沢山食べて1cmが3cm、6cmと大きくなることではない。
青虫が勇気を出しサナギになり、殻を破り大空に羽ばたき蝶になることだ。 
大空に舞う世界は決して地ベタでは味わえない世界である。成長とは住む世界が変わることである」と。 
 
以上
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【絆のカタチ】No. 14但馬寿様

絆工房と但馬寿久村

絆工房と但馬寿久村

梅雨の晴れ間をツバメが忙しく電線をかすめて飛ぶ姿を眺めています。    今年はツバメの訪れが遅かったような・・・
すこし心配してしまいました。
去年の3・11の地震・原発放射能、あるいは温暖化、いろんなコトを思い巡らし、不安のネタを創り出してしまう。
今日も雨です。良い天気も、悪い天気も、自分自身が創り出してしまうのですね。
良くも悪くも!
さて、今回の訪問先は温泉町の「株式会社 但馬寿」さんです。 但馬寿さんは本社(設立・昭和27年)が米子にある寿スピリッツ株式会社のグループ企業の一つです。
現在、親企業の寿スピリッツさんはジャスダックへ上場していて、とても優秀な会社です。
そんなグループ企業の一つ, (株)但馬寿を任されている、常務取締役/久村謙藏さんから絆についてのエピソードを伺って参りました。

それは「遊月亭」という詩に込められた誠に悲しくも勇気に満ちた物語です。
それは15年前、但馬寿に勤める女性社員さんのご子息が、交通事故に合い亡くなられると言う知らせから始まりました。
深夜、雨の降る中、鳥取からの帰宅途中に起きました。
カーブを曲がりきれずトラックと正面衝突するという痛ましい出来事でした。 彼女にとって余りに突然の訃報、大切に大切に育てて来た息子さんに先立たれた事実はとても受け入れがたいコトでした。
それからの彼女は失意のどん底をさまよい、とても仕事が出来る状態に無かったと聞きました。 そんな彼女のことを気遣い、本社の河越社長が上司の久村さんに「生きがいの創造・飯田史彦 著」と言う書物を託しました。

絆工房と但馬寿
河越社長は「彼女に何もしてあげられないが、せめてこの本を渡してくれ」と手渡されたのが今回の物語を作り出すきっかけとなった本です。
その本の内容は、人の過去は変えられない、と多くの人は思っているが、実は変えることが出来る。 
考え方を変えればどんな過去も変えることが出来る! 
そして、その苦難から学び、より良い人生を全うすることがこの世に生を受けた我々に与えられた使命だと言うこと。
彼女の場合、交通事故で息子が他界したと言う事実は変えられない、が、その捉え方は変えられる。
『悲しい』から『ありがたい』へ・・・
もちろん一足飛びに彼女も変われた訳ではありません。
彼女は彼女なりに悩み、悲しみに打ちひしがれながらたどり着きました。   その道中、多くの方から励まされたり、同じ境遇の方の話しを聞きに出かけたりしました。
やがて、彼女の心の中には確信に満ちた思いが生まれました。 
「自分は『何かを伝えるために生まれてきた』、息子の死がその役割を教えてくれた」

どんな状況でも勇気を持って自から手を差し出すと、その私の手を取って応えて頂ける。 この世にはそんなありがたい絆があると言うことを。
今度は私が皆さんに感謝の気持ちをお返ししたい。
それは私の生き様、メッセージであり使命だから。
ある晩、彼女を慰めるための食事会が持たれました。
その帰り、ふと見上げた満月の中に幼子の姿が見え、その中の息子が
「母さん、僕は大丈夫だから」と言ってる様だった、と彼女から告げられた。
そこから「遊月亭」と言う暖かい想いが込められた応援歌が生まれました。
ちなみにこの歌は但馬寿の社員の方が創られたそうです。
そして彼女なりに出来る事、趣味でもあったパッチワークの敷物とお礼のお手紙を同封し、 お世話になた方々に送られた様です。

絆工房と但馬寿
そうすると、どうしたことでしょう! 
彼女の担当である通信販売の部の成績が劇的に伸びたではありませんか!
今では但馬寿の「通販の母」として会社からもお客さまからも愛される存在だと聞かされてもうのもうなずけます。
このCDと言い、書物と言い、どれも絆がカタチになったモノ。 
中でも「遊月亭」のエピソードは但馬寿さんにとって、すばらしい絆のカタチですね。
本当に但馬寿さんの社員さんの絆を感じました。
この絆がある限り益々発展されることだと感じました。 今回も素敵な絆に出会えた事に喜び、感謝したいと思います。 ありがとうございました。久村さん。
 
以上
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【絆のカタチ】No. 15村岡ファームガーデン様

絆工房と村岡ファームガーデン

絆工房と村岡ファームガーデン

 

暑かった夏も、もう終わろうとしています。
蝉の鳴き声もどこか寂しそうに聞こえます。 特にヒグラシは・・・
オリンピックの祭典も終わり、ぽっかり心の中に穴が空いたような気分ですね。
さて、今回の訪問先は国道9号線沿いに在る「村岡ファームガーデン」支配人の田丸さんです。 今日はどんな絆のカタチが伺えるか楽しみですね。

早速、道の駅「村岡ファームガーデン」のレストランに通されました。
後で話に出て来ますがここは但馬牛の本場です。
その但馬牛がショーケースに並んでいます。
思わずヨダレと笑顔がこぼれてしまいました。 現在田丸さんは56才、生まれも育ちも生粋の村岡っ子、。

一時は都会暮らしも経験したが、ふる里にUターンし、ハチ北でのペンション経営に夢を見いだし約20年取り組まれましたが、
現在のファームガーデンの面倒を見ることと成りました。
そして13年過ぎました。現在も順調に実績を伸ばしてます。
しかし、田丸さんの人生の変遷は決して楽なモノでは無かったようです。 元々第三セクターで運営されていたファームガーデンは赤字体質で閉鎖一歩手前の状態でした。
そうした中、運営審議会のメンバーでもある田丸さんが一向に進まない現状に業を煮やし、
田丸さん自らが経営改善策を公社の社長でもある町長に進言することにしました。
そうすると何と「言い出しっぺのおまえにこれを任せる」と言うことになり引き受けざるを得なくなったのでした。
彼は大変悩みました。
家族会議までも開いた結果、20年営んで来たペンションを放りだし、
「株式会社むらおか振興公社ファームガーデン」を背負うという決断をする事と成りました。

絆工房と村岡ファームガーデン
たくさんの問題が山積しています。
とりわけ組織の大改革を断行しメンバーの一新は避けて通れないと言うこともありました。
そういった不安を抱えながら移った訳です。
しかし、取り組んでみると、
「田丸がやるなら行ってやらねば!」
「知らない仲や無いからな!」と駆けつけてくれました。
それまでに築いてきた方々との絆が大いに助けになった。 
これがまさに絆ですね!、
赤字体質の事業の転換を見事に果たし、一年目から黒字となりました。 

そんな田丸さんのDNAにふる里但馬の景色が刻まれています。 
小さい頃、オヤジと山に登った時も、緑の山々に囲まれた青い空を、引き込まれるように飽きもせず、ず〜っと眺めている様な子供でした。 ファームガーデンに移ってからも但馬牛を始め大納言あずきまで、但馬には沢山の恵みが溢れている、にもかかわらず、
その魅力がお客さまに伝わっていない・・・。
「何とかしたい」・・・
過疎化していく我がふる里に於いても生活が成り立つようにしたい。 生まれ育った愛するこの地を何とか盛り上げたい・・・。
今この思いがむくむくと起き上げって来ていると。ここにある商品は田丸さんの心意気が感じられる商品ばかりです。 
地域との絆を新たに作ろうと頑張っている田丸さん、頑張れ・・・、
益々のご活躍お祈りしています。
絆工房と村岡ファームガーデン
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【絆のカタチ】No. 16ガンピー・穀物倉庫の社長、田原 吉美様

ガンピー・穀物倉庫の社長、田原 吉美

ガンピー・穀物倉庫の社長、田原 吉美

 

季節の過ぎ行くのは早いもので、もう師走になってしまいました。
私はもう五十八になりました。 
人生の半ばはとっくに過ぎ去り、八十歳まであと1/4を残す歳となりました。 

今回は私より一回り上ですが元気な先輩からお話をお伺いしました。 ガンピー・穀物倉庫の社長、田原 吉美さんに絆づくりについてお話をお伺いしました。
豊岡市日高町江原駅前にあります。

田原社長は三十年前に創業され、一代で築き上げられました。
元々、神鍋出身の田原さんはJAにお勤めでした。 
人一倍仕事熱心で、上層部と絶えずぶつかっていました。 
当時の状況をなんとか変えていきたいという思いが独立の道を選ばせました。  ここで大きく別れるんですよね、・・・安全・安定を一番に考えるか、リスクの上に成り立つやりがいを取るか。 

田原さんはリスクを取られました。 
決して楽な道のりではなかったと思います。

傍目には羨ましい様に映りますが、リスクを取ったゆえ、なかなか大変な様でした。
売上のピークは15年前、それからは拡大路線から縮小路線へ方向転換をし現在に至っています。 

それに立ち向かうべく現在組織変革から取り組んで新たな世界に挑戦していると聞きました。 もう一度、会社を起こした原点に立ち返り再出発をしようと。 

当時田原さんが作った『愛ある食卓文化を提案し地域社会に貢献する』という
コンセプトに基づき考え直したら「楽しく仕事をする」が出てきた。 
如何に社員が喜んで働き、そしてお客さんも喜んで頂く、そんなことが出来るんだろうか?・・・

悩んだ末、7つのリーダー制組織が誕生しました。
・儲けて幸せにする課リーダー ・人を元気にする課リーダー ・お客様を増やす課リーダー ・設備を長持ちいつも綺麗にする課リーダー ・楽しい仕事をする課リーダー ・お客様をファンにさせる課リーダー ・但馬を元気にする課リーダー
そんな「楽しい」を真ん中に活動できるメンバーが集まり企画したイベントが10月27・28日のガンピーハロウインパーティーでした。

ガンピー・穀物倉庫の社長、田原 吉美
こんな楽しいワクワク感あふれるイベントを、スタッフのメンバー自らが面白がってやらかす・・・
お客様満足100%に向けた組織づくり。
決して無味乾燥な価格競争に巻き込まれずに、これからは社員と、お客さんと、仕入先さんが、渾然一体となって
「愛ある食卓文化」の提案による絆づくりを目指されていくことでしょう。
私共も目標にさせていただきたいです。 こんなお店や企業が増えることで地域は真に再生していくと信じています。 すごく期待し応援しています。
 
 
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【絆のカタチ】No. 17映像作家/写真家 藤原次郎定様

絆工房藤原次郎様

絆工房藤原次郎様

 

2013年も早二月に入りました。
皆さんの今年はどんな年にする予定ですか?
テレビからは相変わらず悪いニュースが流れてきます。 
しかし、考えてみてください、戦時中は戦地での勝利のニュースしか流れて来なかった様です。
と言うことは今の時代は平和なんだと言うこと、何だかんだありますがとにかく感謝しないといけないですよね。
悪いニュースにフォーカスしたってしょうが無い、今の自分が在ることの幸せを見い出しながらやりたいもんですネ。
さて今回の絆のカタチは映像作家/写真家の藤原次郎(57歳)さんです。
私(笠原)より一つ若い。 わたしとJiroさんはFacebook繋がりです。
もちろんお客さまでもあります。
特に「但馬スケッチ」上映会を見に行ってからはリアルで仲良くさせて頂いてます。
Jiroさんはとにかくスゴイんです。
数々の国際映像コンテストの受賞歴を持つておられ、あの世界的建築家・安藤忠雄氏にも認められ
現在スゴク活躍されている朝来市の出身のカメラマンです。
そんなJiroさんがなぜ映像と写真を目指したか!、その絆に迫ってみましょう。 若きJiroさんの少年時代の出来事でした。
性格がおとなしくシャイなJiroさんが高校生時代にコンパクトカメラを持って撮りまくっていたら
近所に住んでいた新聞記者の目にとまり
「君はよほど写真がすきなんだな、だったら本物を使え」と言って当時のプロのカメラ、ニコンフォトミックを貸してくれた。

彼は自分の小さい頃に重ねそんなJiroさんを応援したいと思われた様です。 
Jiroさんの人生に取って大きな出会いだった様に思います。
間もなく大阪芸大を出て建築関連の写真を仕事として働き出しました。
しかし仕事とはいえ依頼された仕事ゆえ、ある意味ストレスを貯めていた頃、約20年前に和田山ジュピターホールで
第九を歌う企画がありました。それは悶々とした日々を送っていたJiroさんの作家魂に火を着けました。
誰の依頼でも無く自らがドキュメンタリーを撮る決意をし芸術家の道を踏み出しました。
これはある意味「開き直り」にも似た思いだったのでしょう。 
そう言った時にまた出会いがあり絆が繋がりました。 
但馬学研究会の浜野さんに誘われ、その活動の中で但馬の風景を撮り出しました。
「なんたんまちなみたんてい団」の書物を元に撮り貯めたものが「但馬スケッチ」としてまとめられました。
動画ではありますが、定点カメラに固執し不思議な世界を醸し出し、なぜか私たちの魂の深い所で懐かしさにも似た
感情が沸き上がって来ます。
コンクリートジャングルの都会で暮らしている人達が癒されるのが解るような気がします。
以後、Jiroさんは但馬の風景に魅せられ、想いを入れ、ここに自らの世界を見つける事になります。
また、地域の景観写真を利用した「風景の地産地消」プロジェクトも取り組まれていて地域活性化にも熱心に活動されています。  私もJiroスピリッツの世界を及ばずながら精一杯応援させて頂きたいと思います。

 

以上

【絆のカタチ】No. 18BITO R&D・美藤定様

絆工房 BITO R&D・美藤定様

 

絆工房 BITO R&D・美藤定様

 

 

桜も散って新緑の季節を迎えました。
卒業式があり、進学がありこの時期は新たなスタートの季節ですね。
今回のニューズレター、絆のカタチはこの時期にふさわしい方をご紹介します。
世界で活躍されている美藤 定(62)さんです。
奇遇にも私の高校時代の先輩でした。
そんな美藤さんから映画が一本出来るような波瀾万丈な人生を熱く語って頂きました。
現在、株式会社 ビトーアールアンドディーはレース用バイクのチューンナップ用品の分野で
世界的に有名なメーカーとして君臨しています。
しかし、当然ながら若かりし頃の彼に今の成功が見えていたわけではありません。
勉強が出来るわけでも無く、何の取り柄もなく周囲からは厄介者的な存在でした。 
高校時代バイクを乗り回し事故って警察に捕まったりと、もう散々な日々を送っていました。 
そんな彼の人生を変えるキッカケが訪れました。 

大学受験を失敗し、やけになっていた19歳の夏、沖縄が日本に返還ニュースが飛び込んできました。
片田舎にくすぶっていた彼は妙に心惹かれ沖縄を尋ねる決断をしました。
しかし彼には旅行が出来るお金がありません。
ですからリュック一つ背負って野宿と歩きで行くことにしました。
沖縄に着いた時にはたったの1万円。
その沖縄のビーチで運命の出会いがありました。
それは米国の兵隊でした。

彼らは南国の浜辺でビーチバレーしたり、ビール片手に美味しそうなバーベキューをしたりと、 
実に楽しそうにはしゃいでいました。
そんな彼らを遠くで羨ましく眺めていたところ、若い米兵が声をかけて来ました。
つたない英語単語でのやり取りでも直ぐに若者同士ということもあり仲間に溶け込みました。

何日か一緒になって楽しく過ごしていたのですが急に彼の表情が曇り、やがて目に涙が溢れているのに気付きました。
そのわけを訊いてみると、 「我々はもうすぐ戦地(ベトナム)に戻らねばならない、おまえはいいなぁ〜、自由で!・・・」と。

そうです、彼らには明日は殺すか殺されるかの戦場が待っているのです。
そこから逃げ出す自由は与えられて居なかったのです。 
・・・そんな彼らに比べ、俺には自由がある。
今まで不平不満をいつも吐いてきた。いつも不満の原因を親とか周囲の性にしてきた。
しかし、よく考えてみると米兵の様に強制されることなく、何でも出来る自由が与えられていることに気づいた。 

俺は「何もやれなかったのでは無く、やらなかっただけなのだ」と言うことに、 
結果はどうあれ、やれば出来る。何の制約もなく・・・。
その気付きに心の霧が晴れるように世の中の見え方が変わったに違いない。
彼は確実に生まれ変わった。
それから間もなく新天地を求めて彼はアメリカに旅たちます。 
もちろんまた無一文で。
そして、あのヨシムラと出会い、次々に起こるハプニングに翻弄されながら、
あのル・マンのレースを支えるエンジニアスタッフとして活躍することになるのです。 

どうです! スゴイでしょう。 
笑ってしまうほどの痛快な人生をお伺いすることが出来幸せでした。
皆さんの新しい期のスタートに幸あれ。 
美藤さんの益々のご活躍を祈念しております。

 

以上

絆工房スタッフが織りなすクリエイトな世界

絆工房とは

絆工房

 

毎日がクリエイト!


「バレーボールチームのオリジナルデザインのTシャツを作ってほしい」
「マスクにオリジナルデザインを入れてほしい」
「自社の商品にデザインして欲しいけど出来る?」
私達は、お客様の「オリジナリティー」を大切する会社。
今日も、クリエーターたちの手によってオリジナルデザインが誕生しています。

クリエーターとは

クリエーターと聞くと
「なんか作る人」というイメージですが、
「作る人」というと、

アーティスト デザイナー、エンターテイナー、インベンター、ライター等など
全てクリエーター。

絆工房では、クリエーターを単に「何かを作る人」にとどまらず
「楽しく創造的な仕事をしている人」と捉えています。
そういう意味では、スタッフ全員クリエーター。

 

随時更新



絆工房スタッフ


 

絆工房のマドンナと言えば彼女!

 

 

今朝の個別面談は SNさんです。
彼女は入社して2年 10ヶ月になります。

SNさんは4年前にも当社で働いたことがあります。
一時 大病で退職をし、体調が回復したタイミングで、再び絆工房で働きたいと、再入社してくれました。
絆工房での仕事が性に合って楽しく働けるからとのこと!

SNさんはいい意味でも犠牲的精神に溢れる一面があるかと思えば、
お客さんとも直ぐに打ち解けてしまい、ファンにしてしまう特技がある様です😊

また写真でも分かるように眼力もある素敵なSNさんです。
そんなSNさんと個別面談をしたいと思います。

笠:この時間はSNさんが 真に楽しく働ける環境を作るために面談をしたいと思います。

笠:現在ティール型組織を目指して取り組んでいますが、感想・意見を聞かせて下さい。

SNさん:今は働きやすい環境だと感じています。
他のみんなもそうなんじゃないでしょうか?
病院に通うこともよくあるので、時間の融通が効きますし、助かってます。

笠:毎朝会社への出勤時間は早いほうですが、どうしてですか?😊

SNさん:朝は子どもたちの学校の時間と関係もありますが、
少しでも早く行って段取りしたい仕事がありますから・・・

笠:というと・・・?

SNさん:私はショールームの顧客対応の部所で、地域のお客様がたくさん見えますので、
その対応に時間を当てないといけないので事務処理→受注書を書いたり、仕入れ注文書を書いたり、
プリントの状況→進捗状況をC/Kしたり色々忙しいですから💦

笠:なるほど、分かりました。
そういったSNさんの仕事に対する姿勢にありがとうです😊

笠:また、時間の空いてるときはシルクプリントで頑張ってくれてるよね?!
・・・かなり出来るようになった?😊

SNさん:少しづつですが、上達してきたと思います。お客様の顔を思い浮かべながらプリントしてます😊
イベントに使われるTシャツとかが多いです。これを着てイベントが盛り上がるといいなー!と思いながら♡

笠:SNさんはかなり主体的に仕事に関わってくれてますね。
仕事自体を自ら作ってことに当たる、ティール型組織にはSNさんの様な人材が多くなることを願っています。

笠:これからも、その調子で活躍してくれることを期待してます😊