皆さん、こんにちは。十一月も半ばに入りさすがに朝夕は冷え込んできましたね。
もうすぐ季節は冬です。いつの間にか・・・です。 日々、平々凡々と暮らしていても季節はやって来るんですね。
夏の蒸し暑い日の青空と冬の晴れ間に見上げる青空は宇宙に飛び出して見れば全く同じなんでしょうが、
そこに住む人にとっては世界が一変しているんですね。まるで劇場の回り舞台の様に・・ そんな風に世界が一変してしまうお話を見つけました。
我々がこれから進んで行く未来の世界を予感させるお話です・・・・・。
『むかし、むかし、ある処に誰も自分のことを“貧しい”と感じていない村がありました。
それはインド北部にあるラダックという村でした。そこは長い間、実質的に鎖国状態でした。
インド中央政府の手によって立ち入りが禁じられ、冬の気温がマイナス30度以下になる苛酷な環境ですから、
あえて住もうという人もいなかったんでしょう。標高何千メートルという高地で、岩と砂の砂漠です。
丈の低い草しか生えない。水も乏しい。カナダや日本の山のような、たっぷりと水をたたえた自然系ではありません。
そういう土地柄ではあるものの、外界から隔離されてきたことによってかえって個性的で豊かな文化が残されていました。
相互扶助のコミュニティが成り立っていて、みんなが助け合って働いて、みんなで食べていける。
そんな過酷な土地で得られたものは、みんなが充分食べられて、いくらか余るほど。余ったものは、近隣の村へ下りていって交換する。
「アルプスの少女ハイジ」というアニメの様におじいさんが乳しぼりをしてチーズを作って、ふもとの村でパンと交換したりして。
まさにああいう暮らしです。
そんな地に初めて記者がラダックを訪れたとき、家並みが立派で整っていることにも驚きました。
実際、素朴ではあるが3階建ての家もあります。
あまりにきれいだから、私たちの感覚からすると、どこでお金を稼いでいるんだと、つい思っちゃう。ところがそうじゃないんです。
建築技術は全ての家庭が持っていて、地元で採れる材料だけを使って建てるそうです。
自分で材料を採ってきて、自分の手で建てている。だからいくらでもいい家を建てられますよね。
記者は最初、あまりにも大きくてきれいな家ばかりだから、ある若者に「この村で一番貧しい家を見せてくれないか?」と訊きました。
すると彼はしばらく考え込んだのちに「いや、この村に貧しい家はない」と答えたそうです。
誰も自分のことを“貧しい”と感じていない社会、それがかつてのラダックだったのです。
ところが、開発によって西洋文明の波が入って短期間で文明と貨幣経済を知ってしまうと、
やがて、このように素晴らしい社会がこなごなに打ち砕くような事態が訪れます。
西洋から観光客を呼び込もうというので、インド政府が長年の立ち入り禁止を解除しました。
まず道路を引く。必要な建築物を建築する。
労働力が足りないから、村人は出稼ぎに駆り出されます。
でも麦を作らなくちゃ食べていけない。じゃあ食料は政府が配給しましょうと。
主に外国から買い付けたものを配給したり売ったりするんですが、村で作る小麦よりも輸入小麦のほうが安いんですね。
多くの(特に若い)村人たちは、働いて賃金をもらって、そのお金で小麦を買ったほうがいいと思ってしまう。
実際に、短期的にはそのほうがいい。楽だから・・・。
だから労働力はみんな村から出て行って、せっせと道路を作りました。
さて、観光客がわんさかやってきます。
初年度は一千人ぐらいだったのが、すぐに1万人、2万人と増えた。
そうすると今度はホテルも建つ。
それにつれていろんな西洋のものが入ってきて、テレビのCMやあちら風のドラマなんかも始まる。
1月24日
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こんにちは、今年も、もうすぐ梅雨の季節ですね。六ヶ月ぶりにお便りを差し上げます。
初夏を思わせる気温の高い日が時々ありますね。
世の中、新型インフルエンザもようやく沈静化してまいりましたが皆さんはいかがお過ごしでしょうか?
先日私どもの仕入れ先の方からマスクを送って頂き、マスクが不足している事を気に掛けて頂き、本当にありがたい事だと感謝、感激しております。おかげさまで私どもは全員、風も引かずに元気です。
今回のインフルエンザの広がりを見ていると、その動きは口コミの広がりと同じだなぁ、と妙なところに感心してしまいました。
さて、今月から『のれん』をテーマに考えて行きたいと思います。
私のお客様であり、私のあこがれの兄貴【勝手に呼ばせて頂いている】
田岡 茂氏が経営されている山陰・城崎温泉旅館の「三國屋」さんについてお話しさせて頂きたいと思います。

旅館「三國屋」の田岡さんと知り合うきっかけは、私が二十年ほど前にさかのぼり、草テニス大会で顔を合わせたのがきっかけでした。趣味が取り持つ縁で声を掛けて頂きました。
それから現在まで約二十年間の永きに渡っていいお付き合いをさせて頂いております。
中でも私どもが仕事で「ヘリーハンセンブランド」でオリジナルユニフォームを展開したいと思い、
田岡さんにご相談をさせて頂いたら、快く引き受けていただき仕入れ先のお知り合いの方に、お手紙を書いて下さったり、いろいろお骨折りを頂き但馬地区特約店を結ぶことができました。
その時はまだ田岡さんとはそれほど親しくお付き合いさせて頂いていなかったのですが、
ご無理を快く引き受けて下さり、今でも感謝しております。
ですから私にとって面倒見のいい兄貴の様な存在です。 感謝です。

そんな田岡さんの三國屋に押し掛け取材と言いますかお話を聞かせて頂きに行って来ました。
先ず、城崎駅から歩いてほど近く玄関先には決して派手では無い人力車がさり気なく置かれている旅館が右手に見えます。

そこが今回ご紹介したい三國屋さんです。
以前からお客様を乗せて走られるのかなぁ・・・なんて思いながら眺めていました。
ひとつ寂しく感じていたことがあります。
玄関にのれんが掛かっていなことでした。それも田岡さんのこだわりなのでしょうか?!
すこし前になるのですが、旅行はあまりしない私でも、
あるCMを見た時、ぜひ一度は行ってみたいなーと思わせるような、とてもステキなステキな憧れの場所が映し出されました。
それは全日空の外国航路のCM、ニューヨーク、伝説のジャズクラブ。
映画の中でしか見た事のない何とも言えないあこがれの場所、
そこにいる自分を想像して、想いはいつのまにか一足先にジャズクラブに到着してしまいます。
いつかは、妻と、憧れの場所へいって見たいなぁ。
その映像とバックミュージックのフライミイートゥーザムーンがとても洒落ているんです。
僕なんかにとっては夢の世界ですね。
田岡さんの海外での商売のお話を伺っていると、そんな世界の映像が重なってしまいます。
長い外国生活を送られていたので英語も堪能でいらっしゃる田岡さんのところには外国のお客様も多い様です。
これからも田岡流の絆のカタチをたくさん見せて頂きたいと楽しみにしています。
そんなあこがれの兄貴、田岡さんの益々のご活躍をお祈りしながらとりとめのない私のレポートを閉じさせて頂きます。
今後も、私の独断と偏見に満ちた絆のカタチをお届け出来たらと思っていますので宜しく!
また、このような取材をご希望の方がございましたらご遠慮なくお知らせください。
私が出かけて行きお話をお伺いに寄せて頂きます。これも私どもの絆づくりの大事なライフワークですから!
お申し込みを楽しみにお待ちしております。
以上
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お久しぶりです。
一年ちょっと前にお届けしたきりで、本当にご無沙汰でした。
思い返せば昨年四月からいろんな、あり得ない嬉しい出来事とか出会いがありました。
その中でも一番はサプリフレという健康ウェア-でした。
それらの事柄には後ほど触れるとして早速、今月の絆のカタチ「のれん」をお届けしていきます。
前回は城崎の三國屋旅館さんでしたが、今回は神鍋下の十戸の寿楽庵さんです。
ここは昔ながらのそば屋さんです。
そばと言えばこの辺では城下町でもある出石町が有名ですね。
しかし、ここの寿楽庵さんもなかなかそばにはこだわりがあります。
そもそも、なぜ今回寿楽庵さんを取り上げたというと、先代の息子の和臣くんが後を継いで、決して条件のいい場所ではないにもかかわらず、頑張っている姿を見て思い立ちました。
最近は神鍋スキー場の雪も少なくレジャーとしてのスキー人気も影を潜めあまり芳しくありません。
とにかく観光客の入山数は激減していると聞いています。にも関わらず事業に奮闘しておられる様子を見るにつけ、
そこに親父さんとの深い絆を感じました。
残された家族、お母様と和臣くんと若嫁さんが、未来に希望を持ち夢に向かって力を合わせ頑張っている姿です。

また、若奥様に待望のお子さんが授かり喜びもひとしおだとは思いますが、当然ながらまだ乳飲み子を抱えて何かと手が掛かると思います。
そう言った中での仕事の苦労は察するに余りあるものがあります。
そんな中、和臣くんは新商品を開発しました。
それは「十戸清水の板蕎麦」です。
地元、十戸の隠れた名産のわさびと早朝まだ暗いうちから起き、手で石臼を回しそば粉をひき、仕込むという、たいそう気合いの入った新メニューです。
私も食しましたが、ワサビが冷たく引き締まった麺とあいまって極上の香りと歯ごたえがたまりません。
聞くところによると十戸には清水が滾々とわき出ていてその清水で育まれたワサビは高級料亭御用達とか、また和臣くんは言います。
その清水を使いそばを締めてはじめて自分の目指すそばになるのだと。
そのこだわりが沢山の常連さんを引きつけて止まないのだと思います。
先代のやり方とはまた違うでしょうが、違ってこそ受け継いだのれんに絆の息吹が吹き込まれるのでしょうね!
これからも和臣くんならではの創意工夫にあふれた逸品を食べさせてくれることを期待しています。
以上
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気がつけばもう師走。
一年が過ぎるのは本当に早いものですね。
皆さんに於かれましても慌ただしく日々を過ごされているのではないでしょうか。
ここにもワクワク通心「絆のカタチ」を送らねばと焦っている私がいます。
何事にも優先順位というものがありますね!
物事には重要なこと、そうでもない事、緊急を要する事と今すぐでなくても良いことがあります。
緊急なものでも重要ではないにもかかわらずどうもごっちゃになろうとします。
重要な仕事をやっているときに電話が掛かってきて、出てみたら内容の重要度が全然低かったりしたことは良くあるはなしです。
あなた様も気をつけて下さいね。
今月の絆のカタチは兵庫県日本海側の但馬の國の『神鍋白炭工房』を主宰する田沼光詞さんです。
田沼くんは現在44才で二児の父親。神鍋生まれ、神鍋育ちの「かんなべっ子」、彼の祖父も炭焼き名人だった。
親子三代に渡りこの但馬に根ざした炭師の誇りを言葉の端々から感じ取ることが出来る。
もちろんこの仕事に就くまでは紆余曲折はあった筈です。
しかし、田沼くんのDNAの中に受け継がれた炭師への思いがフツフツと沸き出してこの地で炭の仕事をさせているように思われます。
人生どんなに遠回りをしてもここに帰ってきてしまう、不思議な絆を感じました。
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その思いとは自然の中で育ち土地柄に根ざし、しかも地球に優しい、人に優しい、自らにも優しい(ちょっと厳しいかも)、
自分らしい本物の仕事として彼の中に定着した魂からほとばしる思いであると私は確信します。
そこには田沼くんらしい工夫も見られます。
今の時代に相応しい効率的な設備の導入したり、また時代が要求している温暖化ガスである二酸化炭素削減の対策にも合致している先見性。
一見、旧態依然の遠い過去に忘れられた仕事に見えるが、視点を変えればこれほど時代の最先端の仕事はないと思う。
時代は繰り返すとよく言ったものだ。
その性能は燃やす事をせずとも発揮できる機能は凄いものがある。少し披露してみよう。
遠赤外線効果・マイナスイオン(この2種類の機能については弊社のサプリフレウェアーにも使われている)他に水の浄化等々あるがその機能を使えば人間にやさしい環境(いやしろ地)を作る事が出来る。
人の生理機能はもとより精神にもとてもいいと、あの船井総研・船井幸雄も唱えている。
そんな仕事を父から受け継ぎ、更に自分なりにリストラクチャリングし頑張っている田沼くんの姿を親父さんは私に、
「笠原さん、聞いてくれ・・・」と嬉しそうに、また誇らしそうに話してくれた。
その笑顔がとても微笑ましくもあった。 田沼くんも親父の背中をしっかり見て学んで来たに違いない。
祖父との絆、親子の絆がしっかりと作られていることを感じました。
またその絆が彼の子に受け継がれて行くことでしょう。その時代に応じたカタチで!
東洋思想家の田口佳史氏が説く教えの中に「仁義礼智」がある。
田沼くんの「炭焼きで地球を救う」という高い志は「仁」に等しく、多くの人の幸せを願う思いは惻隠の心から発するものであろう。
それは誰しも既に持ち合わせているはず。
しかし、多くの人は気づかずその心が発揮されていない。
炭師の田沼くんには、当に仁のこころが感じられる。
また田口氏の説く親孝行とは、「親が自慢できる子供に育つこと」、とある。
そういった意味でもお父さんの笑顔を見ていると光詞くんは立派な孝行息子である。
既に多くのマスコミにも取り上げられて話題となっているようだ。
益々今後の活躍に期待がかかる。
フレーフレー!田沼炭師。及ばずながら私も田沼くんのファンの一人である。
以上
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やっと正月気分の抜けた頃、大雪です。 みなさんの処はいかがですか?
近年降ってなかったですからね〜。
私の家はそれは山奥です。神鍋に上がる途中左に逸れた谷間の奥に入った村の一番奥です。
たまに除雪車が来るのが遅くなると孤立状態です。 雪と格闘の日がしばらくは続くかな・・・
今号の「のれん」紹介は養父市養父市場の平山牛舗というこだわりの但馬牛を真心込めて商売しておられるお店の紹介です。
但馬の地に於いて契約農家から牛を買い付け一頭丸ごと自社にてさばいて販売しています。
昭和五年から八十年以上続く但馬の中でも老舗と言っていいと思います。
現社長・平山敏明さんは三代目と言うこと、先代の後ろ姿をみて育ち今この店をしょって立っています。
敏明さんの人柄は人当たりが良くまじめに仕事に取り組む姿勢は当に信頼の言葉がぴったりとよく似合います。
食品に関わる仕事はミートホープ事件にもありましたように、信頼という軸が本当に求められている時代ですね。

そんな敏明さんに寄り添うように尽くしてこられた奥様の久美子さんをご紹介したいと思います。
25才で久美子さんは隣街の出石町から嫁いでこられました。
ご主人との縁でこの家業を手伝うことになったのですが、そのころはまだ牛肉が苦手で食べられ無かったとのこと、信じられないですよね!
牛肉屋さんに嫁ぐ人が牛肉が食べられ無いんですから・・・、しかし今はそんなことは無いとのことです。
ホームページの中の紹介にも、嫁いで来て本物の但馬牛を食べたとたん本物の肉の旨味と言うものが解った、と書いておられます。
それまでどんな肉を食べてたんでしょうねえ(笑)
私も時々買って帰りますが牛肉本来の何とも言えない香ばしい様な懐かしい味がし、美味しく頂いております。
焼き肉はもちろん、すき焼き・肉じゃがなんかが僕は好きです。
奥様の久美子さんは言います。
お客様とのコミュニケーションにはすごくこだわり、真心と誠実さを持って応対し、常に明るく楽しくお買い物をして頂きたいと・・・
自分の舌を信じ本当に美味しいと思えるモノだけをお薦めしたい。

お客様から、「美味しかったよ」の一言が聞きたくて全てがあるとの事。
そんな久美子さんからお聞きしたエピソードのご紹介です。
ある時、老夫婦が来店されました。
ご主人がひどく痩せた奥様をかばうように付き添いやってこられ、そしてレバー肉をお買い求めになられました。
その訳をお聞きすると「平山さんのレバーを食べて元気を出したいから」とのこと、お見かけするにとてもお身体が不自由な様子。
にもかかわらずわざわざ私の店に足を運んで下さったと聞き、本当に嬉しく思い、感激してお礼のお手紙を書いたとのこと。
お話をしながら元気を頂いたのは私の方でした。と語る久美子さんの笑顔にはお客様との絆をしっかり築かれてるなぁと感じさせられるモノでした。
ご主人の敏明さんも業務用肉卸の仕事をメインにされて各取引先との絆も、
決して派手では無いが真心を込めた商いの中で築いて来られたご様子。
スタッフを大事にされる久美子さんと二人三脚のこの平山牛舗の深紅の『のれん』には暖かい思いと盤石な絆を感じました。
今日、田舎の小さな街ですがこの様な本物の経営こそが求められる時代に成っていると思います。
お忙しい中、取材に快くご対応頂きありがとうございました。感謝! 益々のご繁栄を祈念しております。
以上
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この取材は3月7日に行いました。
その4日後に東日本大震災という歴史に大きな出来事として残るような悲しい出来事が起きてしまいました。
16年前の阪神淡路震災と比べても被災規模が数段上です。
私たちはここから何を学ばなければならないのでしょうか?
今までの価値観が大きく変わっていくであろう事は想像できますが・・・
今回の震災に於いて不幸にも被災されました。ひょっとしてわれわれがそういう立場だったらどうしただろう?・・・
被災されました方々に心よりお見舞い申し上げると共に、深い学びを得る機会を与えて頂いたことに感謝を致したいと思います。
そんな中、3月末には今期の経営計画発表会を来賓の方々を迎え執り行う事が出来ました。
私ども20期を迎え新たなステージに踏み出して行こうと決意を新たにしているところです。

今号の訪問先はこだわりの栃餅を製造販売されている神鍋に上る途中の日高町十戸の高砂屋製菓様です。
高砂屋さんは創業八十年という業歴がありビックリしました。
二代目の現・藤原正行社長が先代から23才で受け継ぎ40年余り、
三代目の息子さんの正利くんが現在一緒に手伝い頑張っておられます。
現社長の正行さんも受け継いだときには料理菓子を作っており、当時結婚式には欠かせない必需品であったとのこと。
しかし、時代とともに結婚式もだんだんと様変わりをしてきて、ニーズが変わってしまい、現在の栃餅と言う商品を開発されたという。 なぜ栃餅かというと、一言では云えない物語があり、中でもこの栃の実を供給して頂いている生産農家さんとの出会いがあったから。
とお話頂きました。
いわゆるこの出会いも大切な絆として現在も繋がっているとのことです。

ではご主人から、栃餅に対する思いを語って頂きましたのでご紹介しましょう。
栃の実を餅と併せて作るのですが、その栃の質と量に於いて守り通しているこだわりの量があると云う。
栃を薄めて作ると沢山作る事は出来るが味が落ちて美味しくない。そういった栃餅はちまたに出ていることは知っている。
栃の実が一滴でも入っておれば栃餅と言うことが出来てしまうのですが、私の処ではそれは許されない。
お客様が許しても私が許さない。と・・・
それはお客様との約束だから・・・約束とは言っても藤原社長が独断で決めた約束ですが・・・
その目に見えない信頼を大事に育てて行くことがお客さんとの絆づくりだ。と藤原社長は言い切りました。
また、店を大きくするより本物の味を守り通すのが自分の使命だと、明快でありながら愚直なまでの志がそこには感じ取ることが出来、これから先も高砂屋・栃餅ファンとして居させて欲しいと思いました。
また、息子の正利くんにも親譲りのフロンティア魂の片鱗が見て取れます。
それはお店の前の国道をはさんで向かい側に『石窯pizzaOISHI~NO』ピザの店を2年前にオープンしました。
親父さんにも似た所があり味にはこだわりが在るとのこと。
商工会の仲間との出会いも大きなきっかけとなったという。
今では、そんな絆で繋がった仲間も積極的に店作りに関わってくれている。
お忙しい中快くご対応頂きありがとうございました。
ありがとうございました!
益々のご繁栄を祈念しております。
以上
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あなたもこの夏こんなかわいいイルカくんに会いに来てはいかが?
伝説のドルフィンキッス、まれにイルカ同士でKISSをするのを見ることがある。
その場面に出会えたカップルはとてもハッピーに成るという。
柿本さんは云う、ディズニーにも負けないワクワク感があるシーランドで、イルカとスタッフが繰り広げる一流の芸を見て頂くために、これからも一生懸命やっていきたいと。
イイネ!柿本さん、城崎マリンワールド!
ジオパークの認定もあり、益々楽しみなこれからですね。
私も取材を通じて沢山の学びがありました。 ありがとうございました。
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ドローン教育操縦士・認定検定員 代表 折 戸 宏 次 様(中央)
DS KITH ディレクタードローンアドバイザー村 尾 隆 之 様(右)
豊岡駅を降りて生田通りを少し下ったところにある北兵庫ドローンスクールを運営している合同会社 点と線 に今回は取材しました。
■ 天高く 鳥の目線で見る景趣
北兵庫ドローンスクールの店内に入ると絆工房で作らせて頂いたスタッフユニフォームを着た折戸さんと村尾さんの姿。
ユニフォーム左胸にはトライアングルと漢字「点と線」のロゴデザインされています。
—笠原 「この企業ロゴにはどんな意味があるのですか?」
—折戸さん「点は「人」を表し、人と人との点が繋がって線となっています。」
折戸さんは元大岡学園高等専修学校の先生。
パソコンを使った情報リテラシーの授業を生徒さんに教えてましたが、2019年、学校を退職。
現在、ドローンアドバイザーである村尾さんと共にドローンスクールを運営されています。
—笠原 「お二人の点と点はどう結びついたのですか?」
—折戸さん 「今年2月にドローンセミナーを開催したのですが、そのセミナーに村尾さんが来られたのをきっかけで知り合いました。」—村尾さん 「ドローンユーザーである私がそのセミナーに参加し、折戸さんとのご縁をいただきました。
そして、ドローンに興味がある人達が集まられるような店舗兼オフィスを立ち上げました。」
オフィスには、数多くのドローンが展示され、実際に操作体験もさせていただきました。
■ まるで空中サッカー パラレルワールドで広がるドローンサッカー

—笠原 「僕もドローンには興味を持っていたのですが・・・」
—折戸さん 「おもちゃのドローンは、コントロールが難しく途中で諦める人が多いんです。
当社では、そういった操縦の仕方も教えさせていただきます。
ドローンはネットでも買えますが、機体のセットアップ、操縦の仕方は自分で調べないとだめで、そこでつまづく人が多いんです。」
—村尾さん 「先日、シニアの女性の方がドローンが動かないといって持って来られましたが、単にアップデートしてないだけだったんです。ドローンのことなら、どんなことでも相談に乗ります。そしてトータルサポートを目指しています。」
—折戸さん 「私達は、ドローンの楽しさを知ってもらうのは、もちろんですが、ルールとマナーを知らない人にきちんと教える場として地元密着のドローンスクールを作りたかったんです。」
—村尾さん 「Drone Studio KITHもつくりました。KITHのKは城崎、Iは出石、Tは豊岡、竹野、Hは日高です。
豊岡はドローンを飛ばすにはにいい環境です。夢は、ドローンを軸に地域を活性化させることです。」
—笠原 「ドローンは、他にどんなことが出来るんですか?」
—村尾さん 「ドローンでレースなどもできます。神鍋高原にある開閉式屋根のある但馬ドームで、ドローンレース大会を誘致したいと思っています。」
—折戸さん「ドローンサッカーの大会も誘致したいですね!今、ドローンサッカーが熱いんです。
このドローンサッカーの試合も豊岡で開催したいですね。」
■ 進むデジタル化は何の為、誰の為にあるのか

—笠原 「ドローンサッカーについて詳しく教えて下さい。」
—折戸さん 「韓国発祥のメッシュボールの中にドローンを入れて5人対5人のチームに分かれて得点を競うスポーツです。」
性別も関係なし、運動神経も問われない、空中を縦横無尽にドローンボールを飛ばすバリアフリーなゲームスポーツ。
—笠原「バーチャルとリアルの両方を兼ね揃えているのがいいですね!」
—村尾さん 「僕たちのスクールは、ただドローンでいい映像を撮る事が目的ではありません。ドローンを通しての人材育成が目的です。この豊岡になにか面白いことを興したいと思っています。人の数だけアイデアがありますよ。」
折戸さんの点と村尾さんの点が結びつきドローンのホットスポットがうまれました。
その周りに人が集まり、お互いに結びつき、新しい絆が生まれる。
これが、折戸さん、村尾さんが目指す絆づくりです。
—笠原「何が起こるか非常に楽しみですね。人は本能で、生きたい、知りたい、仲間になりたい生き物です。
それがいわゆる、文化・科学・宗教ですね。」
—村尾さん 「人と人が結びつき、そこから何か新しいモノが生まれていきます。」
—笠原「ドローンは絆づくりのツールですね。」
—折戸さん 「そうなんです。夢が広がります。そして、実現していきます。」
今後、合同会社 点と線が地域でどのように活躍されるか非常に楽しみです!
有難うございました。
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マスクをしていても感じるさわやかな風が通り過ぎる初夏の神鍋高原。
隠れ家的高原カフェ、Cafe&kitchen アグリガーデンにお邪魔しました。
店先には可愛い小花が風に揺れています。
西日本屈指のスキーリゾート、神鍋高原。
水質は、最高ランクの「水質AA」、2010年には世界ジオパークに認定ジオパークにも認定された、まさに『大地の遺産』の神鍋高原ですが、その中腹部にあるのがCafe&Kitchen、『アグリガーデン』。
隠れ家的なカフェで地元主婦や若い女性に大人気のお店。
今回は、そこのオーナーである北村元気(40才)さんにお話を伺いました。
—笠原 「以前はどんな仕事をされていましたか?」
—北村さん「高校卒業後、趣味でやっていたパラグライダーの技を磨く為に、アメリカのサンフランシスコ、ニュージーランドに渡りました。帰国後は、和歌山でインストラクターとして働きました。
そこで会社の社長さんから、インストラクターとして働くのもいいが、
一度社会に出て勉強したらどうだ、と言われ2年間大阪でサラリーマンを経験しました。
あまり性に合いませんでしたが、とにかく2年間は社長との約束を果たすという目的で働いていました。」
—笠原「その後で、こちらにUターンされたのですか?」
—北村さん「しばらくは冬の間は、北海道でスノーボードのインストラクター、
夏は富士山の登山ガイド、春と秋は長野県の厨房と、1年を通して様々なところで働いていました。」
—笠原「アクティブですね!」
パラグライダー、スノーボード、登山ガイドとまさに自然豊かな神鍋で育ち、そこで身につけたスポーツスキルを生かした仕事をしていた北村さん。そして、26才の時に結婚。
—笠原 「奥様とはどうやって出会ったのですか?」
—北村さん 「北海道にいた時に、彼女もスキーのインストラクターをしておりそこで知り合いました。
結婚と同時にこちらにUターンしました。」
お父様のペンション経営の手伝いをしながら、パラグライダーの事務所を設立。
その後、その事務所を使ってカフェをオープン。
長野軽井沢のペンション厨房で働いたことを生かして、お父様の経営するペンション『ペンシオーネキタムラ』で1年間ランチを提供。
そこで提供したランチの評判が良く、その味はアグリガーデンにもしっかりと継承。
■モノ消費からコト消費、さらにトキ消費時代へ突入
豊かな自然環境に囲まれた神鍋高原は、初心者からプロまで楽しめるスキー場があるという珍しいスキー場。また、昼夜の寒冷温度差が大きい高原の気候をいかした「神鍋高原キャベツ」も名物野菜。
―笠原「昔と今の神鍋高原はどうですか。」
—北村さん 「スキーと農業以外にもできることが沢山あると、色々と勉強会も開いていますが、課題も多いですね。
出来ないことを出来るように持っていく過程が難しいです。」
―笠原「人はつい出来ない理由を探してしまいますからね。」
—北村さん「そうですね。企画立案はあるのですが、それを団体でいくか、個人でいくか、意見をまとめるのが難しい時がありますね。」
―笠原「昔の成功体験をひきづっていると、なかなか前進できない時ってありますものね。
1つの行事を今年もするという理由が、去年もやったから、とか。」
—北村さん 「そうですね、簡単に後退したり、諦めてみたり・・。」
—笠原 「勿体ないですね。」
—北村さん 「地域柄、企画の進め方が独特だと感じます。」
—笠原 「世の中は資本をもとにして仕組みでまわっています。昔は売り手側と買い手側がはっきりと分かれていましたが、
価値の捉え方が変わってきている今は、売り手側と買い手側が混在してきています。そこを敏感にならないと取り残されます。」
—北村さん 「まさにそれは私も実感しています。
例えば、昔は、美味しいものを食べて泊まることに価値を見出してお金を払っていました。昔の神鍋高原もそこに存在価値がありました。でも、今はそうじゃなことがよく分かります。
例えば、身近な例を上げると、薪割りをしているとお客さまが「やってみたい、やらしてほしい」って言われるんです。
昔なら考えられなかったことですし、僕からしてみたら薪割りなんてしんどくて疲れるだけの作業です。
でも都会から来た人にとっては「薪割り」が非常に新鮮に映るようです。」
—笠原「体験価値に人々はお金を払うようになってきていますね。体験型の宿泊が人気がありますね。」
神鍋高原でも、今しか味わうことのできない薪割りという瞬間を体験する『トキ消費』時代がきています。
■人生はかけ算

—北村さん 「体験型サービスといえば、きのこ狩りをしています。自分で採った天然きのこをその場で食すサービスが非常に好評です。私達がきのこを栽培して、採ってパックいれて売って終わりという販売ビジネスでなく、お客様自身が採ったきのこやまいたけををこの自然の中で食べるサービスが、毎年予約完売です。」
―笠原「モノをつくるよりもお客をつくれと言われます。
一人のお客様が今年のきのこ狩りに満足したら、翌年も訪れ、そして今度は仲間を連れてきてくれます。
また、単に【きのこ】といっても、神鍋の自然が育んだ天然きのこというのはなかなか手に入らないということで、希少価値も生まれます。」
―笠原「きのこを軸にしてなにか新しいことが展開できそうですね。」
―北村さん「僕にとっては、きのこビジネスが、今、一番楽しいです。」
―笠原「仕事を通して人との絆を感じられるエピソードがあれば聞かせてもらえますか。」
―北村さん「人に助けられてここまで来た、という感じがします。
自分でやった感は、いつ来るのだろう、もしかしてきっと死ぬまで来ないんじゃないかと思います。
ペンションのお客さまも8割がリピーターさん。『美味しいお酒を持ってきたら一緒に飲もう!』と来られます。
実は、妻が数年前に大病しまして、その時もお客様から病気に治す様々な情報をもらったんです。
妻の病気をきっかけに家族が一致団結しましたし、家に閉じこもるのではなく、むしろ行動が増えました。
子供の学校行事にも積極的に参加し、役を頼まれると、経験出来ないことをやらせてもらうという気持ちで引き受けるようにしています。引き受けると、学ぶことが多く喜びがあります。」
—笠原「役を受けて、失敗したところで命までとられないですからね。
僕は若い頃色々と発言をしていると『やったことがない者がつべこべ言うな』と長老たちに言われたんです。そこで一念発起して役を受けたんです。開き直りです(笑)。」
―北村さん「僕が何よりすごい、と思ったのは子供達です。
今中学2年と小学3 年ですが、何かが出来てすごい、というのではなくて人生の目標をきちんと立てていることです。
そこが親としてすごいと思います。『私は東京の大学に行く!』『私はピアノを頑張る!』と目標を既に持っているところです。
また、そんな子ども達に伝えたいことは、「友達を作れ」ということ。僕は、今晩泊めてほしい、と言って二つ返事で泊めてくれる友達が今も日本全国にいます。縁が切れた友達はいません。だから子供にも友達を作るように言ってます。」

取材中に、神鍋高原を盛り上げようとする北村さんと同じ志を持つ仲間である神鍋高原道の駅駅長 上田直義さんにも遭遇。
上田さんも以前取材された人。
現在進行している企画をあれこれ楽しく話されていました。
—笠原「友は、財産です。人生の方程式というのは、能力×情熱×考え方(性格)と京セラの稲盛氏は言われています。
北村さんの周りに助けてくれる友達が沢山いるというのも北村さんの考え方に共感されているからです。
きのこという新しいビジネスへの情熱や行動力もすごい、インストラクターや料理人としての能力もある。
3つの要素のかけ算で人生は 変わっていきますね。これからもトライ精神で地元を盛り上げていって下さい。」
―北村さん 「有難うございます。」
Cafe&Kitchenアグリガーデン
〒669-5371兵庫県豊岡市日高町太田159-10
TEL 0796-45-0806
以上
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厳しい残暑も落ち着き、朝晩はめっきり涼しくなりました。
皆様はお変わりありませんか?
東日本大震災から半年が過ぎました。
また今回、台風被害が深刻な影響をもたらしています。
私もニュースを見る度、切ない思いに駆られています。
人智を超えた想定外の事が次々に起こっています。
こういった事象に対し政治を始め日本の仕組み自体が変わって行くのだろうなー、と考えたりしています。
さて、今回の訪問先は同じ町内のベンチャー企業、Teamsさんです。
実は、このTeamsさんは2つの会社、巴建設さんと、田村土建さんで設立されています。
巴建設の新免さんは現在、建設業でもバリバリやられております。
また地域に対してもボランティア活動で畑をプレゼントしたりゴミ拾いのお手伝いをしたりと、
社会的利益になる活動にも関心を持たれている様でした。
ですから、今回の第二創業も地域になくてはならない企業を目指し取り組まれたとのこと。
単に儲かりそうだからと言う事ではなく、むしろ地域の遊休農地が以前から気になっていて、
遊ばせておくのは忍びないと言う気持ちからでした。
しかし、そこには農業が抱える難問がある。
高齢化も一つの原因だが、最大の理由は儲からないからである。
一方、田村土建の田村さんも先代から土建業を受け継いぎ粉骨砕身中。
そんな田村さんも元々有機農業にも関心があり、会合等で新免さんと会う度にその話で盛り上がっていたとのこと。
そんな二人が出会い意気投合して踏み出されたのがTeamsです。
出会うべくして出逢う。
人って出会うときはこんなもんなんですね!
気が付いたらそこに居た。
誠に自然なんですね。
役割に於いても新免さんは営業斬り込み隊長で、
田村さんは生産舞台でのサポート役、それぞれの人柄がここにも反映しているのかも知れませんね。
スタートから既に2年経過して、今どんなことが課題ですか?と尋ねたところ、農業は工業製品とは違う・・・。
それは百も承知でしたが、気まぐれな天候、作物の性質と環境、結果が出るまでの期間の長さ、等
その因子が重なり合って現れる不安定なところ。
ある意味、非常に計算高く、かつ気長に、その折り合いを付けるところに苦心をされているとお聞きしました。
その問題が課題になり、スタッフの方と一緒になって取り組んで行く中、絆が深まっていくんだろうナーと思いました。
経営なんてものは元来儲かることが分かっていれば、誰もがやる。
しかし、誰もが手を出さないのは、儲かるとは思えないからです。
真の経営者とは儲からない仕事を儲かるように研究、工夫するから成り立つ。
それは如何なる仕事に於いても基本はそこに在ると思います。
まして、これからの時代は経営者だけが頑張っても成り立っていかない。
社員全員で同じ経営感覚を共有し、それぞれの立場のしごとに邁進する。
「企業は人なり」の言葉の要諦は、全てのカギは人が握っている、野菜も、人も、愛情を持って育てる。
人に優しい循環型農業で、食の安全を提供し沢山のファンに囲まれ、但馬のアグリビジネスの牽引役として活躍されることと思います。
Teamsさんが但馬の地の利を活かし根付く事を心よりお祈りしいたします。
お忙しい中、取材にご協力頂き感謝!です。
ありがとうございました。
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