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昇華プリント専門|オリジナルウェア・ユニフォーム制作|絆工房

ハッシーと呼ばれる男

絆工房笠原と橋本

絆工房笠原と橋本

 

今日は YHくんと面談です。

YHくんは入社1年5ヶ月、以前はかばんの縫製業を営んでいた。
現在は昇華プリントの岩中工場担当しています。
彼は現在42歳、働き盛りです。
大きく飛躍して欲しいと願っています。

精力的に現在の仕事に取り組んでいます。
昇華プリントの強みを生かした商品開発、展示会に参加し集客に力を入れている姿を見て頼もしく思っています。

【YHくんの夢や目標】を聞かせてくれました。

●鞄や傘やカーテンを軌道にのせていろいろな企画を立て、営業にいきたい。
最終的には岩中工場に常駐せずとも、どこからでも仕事ができる体制にしたい。(アウトプットも実現しながら)

●営業のノウハウを学び、展示会やイベントに参加し、仕事をとってきたい。

●展示会に出品したら、オリジナルのカーテンや傘については、クリエイターさんから少し反応がある。
書道家、クリエイターさんにも受けが良い。

以上の内容を踏まえアドバイスをしました。

 

1,時間、場所にこだわらずに仕事をしアウトプットを出していきたい。
(A…=笠原から)
A…既にOK!既にそれが出来る環境に居ることを認識してください。

A…そのためにどんな仕組み(スケジュール・ルールを含む)を作っていくと良いかを考えてみては?!

A…現在、当社には従業員の種類は3種類があります。
○正社員(総合職)、アルバイト(一般職)、契約社員です。

その違いは責任の在り方.

正社員(総合職)結果責任を取る、
それに対してアルバイト(一般職)は、実行責任を取るとしています。

また、契約社員は仕事毎にゴールと単価を決め、やってもらうということです。
いわゆる外注という立場です。

ティール型組織では社員全てが社長(経営者)という認識です。

案件に対し対等な関係で、お互いの技術・知識・スキルをリスペクトしながら、
それを活かす様なコミュニケーションの取り方で進めて行きます。

しかし、3種類のスタッフの在り方はどれを選択するかは自由です。

それぞれに応じた報酬の在り方をすべての人が関わって決めます。

関わり方は、報酬決定会議、評価会議、営業会議、戦略会議、等 情報を一々開示するようにしているので、
自らが参加しそれらを見ながら意見を出し議論をしながら決定してほしいと思います。

2,縫製部門を強化するべきだ、外注、内製を問わず。
A…それには機械設備、オペレーター、その教育、等 多大な投資を必要とします。
先ず実験をしてテイクオフ出来るかを調査→お客を作る→市場が作れるか?調査をし仮設思考を働かせながら吟味してください。

3,自分の企画も色んな人が入って手伝って欲しい

A…社内・社外OK!→社外ブレーンに手伝ってもらう→その人達がやがて質の高い当社の営業マンに育っていくような関わり方をして下さい。
その先のマーケットが広がっているか→生活者の豊かな生活に寄与できるかを検証しながら進めて下さい。

夜も更けて朝日と共にくる面談

絆工房朝の個人面談

絆工房朝の個人面談

絆工房では20名近くのスタッフが在籍しています。
そして、1ヶ月に1度行われるのが、経営者との個人面談。

毎朝30分。
「経営者の仕事は、スタッフが真に楽しく仕事をする環境づくり」ということで
スタッフとそれぞれが担当している業務の進捗状況と目標や夢に(エンドスタート)に向けての
課題への取り組み方などを話しています。

このページでは、ちょっとだけその話しの内容を聞き耳たててみましょう。

 

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輝いているやん!

個人面談増田

今日は営業担当のTMくん、

TMくんから本日話したい内容を箇条書きにまとめてくれています。

増田:マーケティングを学べるおすすめの本はありますか?

笠原:それは顧客起点のマーケティング、コトラー等があるよ!

マーケティングvsビジネスモデルって分かりますか?
始める前に頑張って練るのが=ビジネスモデル、
それに対し事業を始めてしまってから一つ一つ積み上げていくのが=マーケティングですから、
手間が掛かって大変なのがマーケティング、楽に儲けることが出来るのが優秀なビジネスモデルを構築すること。

 

増田:「毎日やる」と決めたことができなかった時の考え方について教えて下さい。
できている時は自己肯定感、できなかった時は自己嫌悪につながってしまいます。

笠原:起こる全ての事象はTMくんに相応しいかどうか?!
ではどうするか、その特効薬を考えました。

「一日に一個、親切を行い、また何かに感謝する・・・その事を就寝前に2行日記として書き留める」
2行日記の効能
・明確になる
・先行指標を持つことが出来る
・継続することで、自分がもうひとりの自分に課した約束を果たせた事により→自己肯定感が湧き自尊心につながる→根拠なき自信につながる。
・就寝前に書くことで、その日の全てが決まる→良い一日として記憶(感情)に定着する
・親切=行動→結果→幸運を引き寄せる→陰徳を積む・・・他人に知れると→信頼が高まる→自分に対する扱いが変わると運命が良くなる方向に変わる。
・感謝することをすると心が暖かくなる、優しくなる、そんな気持ちで床につくと多幸感に包まれて眠りにつくことになる。そうして幸せな一日が積み重なると幸せな一週間、幸せな一週間が幸せな一ヶ月を作り、一年が幸せに包まれて暮らすことが出来る。

上記の幸せの連鎖がEQを鍛えることになる。

ここから、モチベーション・意欲が高まる・・・すばらしい(*^^*)

・・・・IQからEQへ、ティール型組織が回り続ける原動力となりうるか。

 

【それぞれの人の唯一無二の薫りが地域を活性化する】No. 42 煙神代表燻製工房 煙神井上大作様

絆工房と煙神
絆工房と煙神
神鍋高原道の駅の奥んある鳥居と、神木のような木を通り過ぎると森の中に静かに佇むお店、「煙神」。 「お店の名前から皆さん、煙の神様と思われていますが、神は神鍋高原の神をしているんですよ。」 にこやかに語る代表取締役の井上大作さん。 若き社長が五感にダイレクトに響き、薫りを燻製と手法で神鍋の地でのろしをあげた理由を神鍋の 木漏れ日が差し込む明るい店内で取材させていただきました。

■日本料理の世界から燻製の世界へ 切り口は違っても想いは同じ

高校卒業後、17年間日本料理の板前として温泉旅館で修行をつまれた村岡出身の井上さん。
ー笠原:「最初にお店を開くまでの経歴を教えてもらっていいですか?」 ー井上さん:「板前の世界は非常に厳しかったですね。技は目で盗め!といった感じで休みは ほとんどありませんでした。辞めようにも怖くて辞められない。絶対的な師弟関係の世界。 師匠がカラスが白いっていったら白いと言わない世界でしたね(笑)。でもそういう厳しい 世界の中で一緒に働いた仲間は今でも絆が強くお店にも来てくれます。」
ー笠原:「守・破・離の世界ですね!その道のプロとして進もうとした時に、自分に色々な考えが あるとしても、まずは素直に師匠の型を受け入れてそれを”守”る。次にその型を身につけたらその型を ”破”って応用の段階にいく、そして最終的には、完全に師から”離”れて独立して自分のオリジナリティを 創っていく。でも井上さんは、17年も務めた料理人のキャリアを捨てて燻製のお店をもたれた、その 経緯を教えてくれませんか?」
絆工房と煙神
ー井上さん:「両親が村岡で「香味煙」という燻製のお店を営んでいるんですが、 家業を継ぐ気は全然なかったですし、親にも継げと言われたことがなったんです。 ただ、実家に帰省した時に楽しそうに燻製の話をしたり将来のことを語る親の姿を見て、 そんなに燻製って面白いものなのか?それならやってみようかと興味が湧いたんです。 神鍋を選んだ燻製づくりに必要な空気と水が美味しいこと、またドイツは村ごとに味が違う 燻製屋とパン屋が点在しているらしく、ドイツの森と神鍋の森h雰囲気がよく似ていますので この神鍋にまず燻製のお店を出せたらと思ったからです。 両親と僕はもちろん親子ですが、ここでも板前の世界と同じように師弟関係があり、 仕事は目で覚えろと言われました。ただ、日本料理人だった僕のことを認めてくれ 僕の知識と父親の燻製の知識、お互いの知識を出し合って新しいモノを作ろうという意識を持っていました。 「香味煙」の味を変えてヒットした商品もあります。17年で学んだ日本料理の隠し味を生かして オリジナル商品も作りました。」
そして 神鍋に出店して今年で3年目。従業員4人をまとめる代表取締役に就任。 ー井上さん:「自分が上に立って初めて修行時代の上に立つ人の気持ちがわかりましたね。 その時には気がつかなったものが見えてきました。ただ、自分は厳しくしごかれて仕事をしましたが、 それを今の時代に同じことをやっても通用しない。そんなことをするとすぐに辞めてしまいます。」 ー笠原:「社員と経営者は同じ場に居ても、見る方向が違うので、おのずと見える景色も違ってくるんですね。」

■それぞれの人の唯一無二の薫りが地域を活性化する

燻製の仕方を知りたい人にはオープンに教えている井上さん。HPに家庭でも出来る燻製を使ったレシピが 掲載されています。
ー井上さん:「最初は、「香味煙」と同じ味にしようとしましたが、同じ味には絶対ならないことに、 ある時気づいたんです。それは作る人も違う、空気や水といった環境も違うから。それぞれの土地に それぞれの味が生まれますので、美味しいと思うものが神鍋の味になるんです。神鍋には煙神だけなんですが、 色んな人がそれぞれの味で燻製の煙が点々とたなびけたらと思います。それの為なら僕の持っている燻製の 技術は惜しみなくお伝えしたいと思います。」
絆工房と煙神
ー笠原:「今後の展開について教えて下さい。」
ー井上さん:「色んな人の燻製の味のお店が点在し、”えんじん”を組んで但馬地域を活性化させたい、 そしてまたそれがエネルギーの”エンジン”となるんですね。そして、緩やかな縛りのない燻製組合というものが あればいいなと思います。」
ー笠原:「依存しあうのではなく活用しあう、ウィン・ウィンの関係のネットワークはいいですね。 ところで座右の銘とかありますか?」 ー井上さん:「そうですね。”こだわらなきゃいけない、しかしこだわり過ぎない”。それがこだわりです(笑)。」 こだわりすぎると視野が狭くなって周りが見えなくなる。ヒントは一点だけではないと思いますから。 好きな言葉は、「これでいいのだ。」まずは、今の状況を受け入れる。過去の自分がそうしてきたから今の状況がある。」   ー笠原:「自分の立ち位置を確認するわけですね。」 ー井上さん:「そうですね。「これでいいのだ」というのは、決して状況に甘んじているのではありません。 今に見てろよ、次はこうするというエネルギーになります。」   最後に上手な燻製の仕方も教えていただきましたのでご紹介します。 ー井上さん: 「燻製初心者はともすれば、燻る時間が長くなりがち。その結果苦くて酸っぱい味だけのものになります。 塩もみは美味しくない。ピクルス(漬ける液体)も舐めて美味しいと感じるもの!これに尽きます。 家庭で手軽に美味しく食べられる燻製は、短時間で燻したすぐにたべられるソーセージなどの食材です。 ポテトチップスなども燻製すると大人の味のポテトチップスに変わってこれが美味しい。そして燻製したてよりも 一晩寝かせること。食べる時に軽く温めると香りがまた戻ってきます。」 絆工房の今年の社員誕生日プレゼントはこちらのお店の燻製。 社員の日頃の労をねぎらう相応しいプレゼント。 チーズ、但馬牛、鹿肉、珍しいところでは沢庵の燻製もあり、 誕生日プレゼントを食卓に出すと、家族の夕飯の夏の陣、争奪戦が繰り広げられた スタッフもいました。 縄文時代からすでに食文化としてあった燻製。 古の時代からあるこの煙と薫りを神鍋の碧い森深くにたたずむお店、煙神で楽しんでみてはいかがでしょういあ。
燻製工房 煙神
669-5372
兵庫県豊岡市日高町栗栖野60−1
Tel 0796-20-9845  Fax 0796-20-9846
Mail: info@enjin-kannabe.co.jp

以上
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絆工房ブース8番!OGBSマイドーム大阪で出店中

OGBS

OGBS

 

絆工房は、2022年1月26日〜1月27日にかけてマイドーム大阪で開催の
OGBS(オーダーグッズビジネスショー大阪2022)に去年に引き続きブース出店。

去年はスタッフ2名が出向きましたが新型コロナ拡大により
今年はブースでの展示のみとなりました。

昨日に引き続き本日も電話対応させていただきますのでどうぞお気軽にお問い合わせ下さいませ。

 

つくる窓口様よりtwitterで当社ご紹介して下さいました!
有難うございます。

つくる窓口

 

 

【原点に還ると見えるくるもの】No. 56絆工房代表取締役社長笠原泰藏様

絆工房
絆工房

■会社を継続している原動力になっているもの

負け嫌いな性格。負け嫌いは負けず嫌いとは違う。 戦かずして負けるのが負けず嫌い。 僕の場合は、戦って負けている。沢山負けた。悔しくて、そういう自分が嫌いだった。  

■具体的に負けた相手は?

幼少期はいじめられっ子。 家では父親から常に「勉強しろ」と怒られていた。 卒業後、本当は絵、デザイナーの道に進みたかったが、 この時も父親に反対され「絵では飯が食えん!」の一言で、親の進めた大阪の会社に就職。 しばらくして親から実家に戻ってくるよう言われUターンし、地元で就職。 それでも「自分の特技(デザイン)を飯の種にしたい」という気持ちはくすぶり続ける。 そんなある日、何気なく手にした週間ポスト。その中にシルクプリントのフランチャイズ店の募集欄に目が止まり早速応募。 もちろん父親からは怒られたが、借金を抱えて独立起業。 この会社が1年も経たずに倒産。残されたのは借金のみ。 さらに、肝炎にかかり医者からは、やがて肝硬変になり肝がんに進んでしまう、と告げられる。 沈みゆく夕日の朱を帯びた空の情景が今も忘れられない。 幸いにも肝炎は完治。しかし、多額の借金をかかえたまま。シルクプリント事業を背水の陣で取り組むしかない状態。 幼い頃からこのように戦いにことごとく負け続けていると、次第に 「どうせ僕なんか所詮・・」と思うように。。。。 自己肯定感の低さに暗澹たる思いの20代。
絆工房  

■その状態からどう心が変化していったのか

一つはテニスでの成功体験。 好きこそものの上手なれというように、三度の飯よりテニスが好き。 どうやったらテニスがうまくなれるか、そのことばかり考えていた。 好きなテニスの事となると寝食忘れて没頭。まさにゾーンに入るという表現がぴったりの心境でテニスにのめり込む。
そして、試合に勝つようになると素直に嬉しい。
じゃあ次の試合までにはもっと今よりも上達しようと挑戦。 その繰り返しの中での成功体験が増えていき、 気がつけば、低い自己肯定感の自分から脱皮できた。 変容<メタモルフォーゼ> 好きというのは原動力になる。 もう一つの原動力は、本来の負け嫌いという性格。 今でこそ、若者の起業が当たり前の時代だが、 37年前は、 「勉強していい学校に入らないといい会社に入れない」と呪文のようにいう父親の言葉に心が囚われていた。 時は高度成長時代。 就職すればその会社に滅私奉公で終身雇用するのがふつ〜の生き方。 集団就職、年功序列、定年制によって一億総中流意識だった時代に、サラリーマンを辞めて独立するというと、この時は父親は猛反対。 周りの人たちも、「キギョウ?なにそれ、美味しいの?美味しくなければ辞めとけ・・・」と。 四面楚歌状態。 まさにアウェイの状態で会社をスタート。 借金も抱え、家族も抱え、後がないということもありがむしゃらに働くこと2年。
絆工房
そして、ようやく借金も返済し、事業も軌道に乗り始めたのが40代間近。そしてこの年齢はということ、地域の役を頼まれる年齢、いわゆる厄年でもある。 消防団の役 PTAの役 商工会の役と地域の役も引き受けるようになり・・・ 正確には引き受けざるをえない状態に。。。 それは、布石を打ったから。 役員の打ち合わせで意見を述べるとよく 「経験もないのに知ったような口を聞くな」と長老たちから軽くあしらわれる。 言われた瞬間は、もちろんショックでがーん! だが次の瞬間、意外に冷静になる自分がいて 「だったら俺が引き受ける!」 開き直り。 反対されると、逆に燃えるタイプ。 そういうことを繰り返していくと、 消防団分団長、PTA会長、人権啓発推進協議会委員、 豊岡市商工会日高支部長、神鍋高原道の駅の社長 と雪だるま式に役を引き受けることになる。 そして、「長」の役につくと、否が応でも人前で話す機会が増えるもの。 自己肯定感ゼロの頃は、人の前で話すのなんて大の苦手だった、(今でも嫌い) 責任のある仕事や役は逃げ回っていた。 ■なぜ引き受けるようになったか? トヨタ自動車社長、豊田章男いわく 「怖いところに突っ込んでいく方がむしろ安全」だから。 そして、 どうせやるなら面白くしよう、と。 誰にも言われずに始めた2週間に1度の商工会のおひねり勉強会も6年で約128回開催。   ■withコロナ時代、これからの会社経営   デザイナーのはしくれとして「究極のオリジナルTシャツをつくりたい」という思いでスタートさせた絆工房は、設立当初は有限会社マジック。 マジックの由来は、Tシャツで人をマジックのようにびっくりさせたいというのとイエローマジックオーケストラYMOのマジック。 平成25年4月には、マジックから絆工房に社名変更。 ユニフォームというのはチームで着るもの。 そのユニフォームにお揃いのデザイン、エンブレムが入っているものと、 入っていないものとでは必然的に試合に臨む心意気も違ってくる。 チームの団結力も違ってくる。
努力―勇気―覚悟―開直り、の順番で進んでいく。 決死の覚悟で進んでいき、それでもダメな場合。 開直り 開き直ってやるしかない 宮本武蔵も 「命を投げ打つ者ほど強いものはない」 開き直って物事に当たると、経験値を超えたところの発想を生まれてくるもの。 シナプスが発火するという感じで、持っている能力以上のものを発揮する場合がある。 スタッフがそういうフローな状態で仕事ができる環境作りを経営者としてつくっていきたい。 経営者の仕事は「環境づくり」  

■ 会社は何をもって集まっているのか?

  会社は、同じ目標を持った者同士が集まるところ。 桃太郎の話しもそう。 鬼を退治するという同じ目標をもった桃太郎のもとにキジや猿が集まってきた。 キジはキジの役割、 猿は猿の役割がある 絆工房でも、それぞれのスタッフが自由意志のもとに、自分の特技や能力を思いっきり発揮できるような組織、 最近ではそんな組織をティール型組織と定義されているが、 絆工房もそういう組織に近づけるよう、環境を整えていこうと思う。 そう思ったのが、 11年前に一冊の本との出会いがある。 この本の出会いによってさらに組織の方向性を決 それは、ブラジルのセムコ社のリカルドセミナーの書いた「奇跡の経営」。 セムコ社は、社員に対し徹底した情報の開示と、社員に対しコントロールの放棄。 今で言う、まさにティール組織型経営。 「人に言われたからやる」 「上司に言われたら仕方なくやる」というのではなく、 好きなテニスならアスファルトのコートがフライパンのように暑い炎天下でもやる、好きなゲームなら親に隠れてでもやる、 好きな教科の勉強なら苦にならず延々と難問でも挑戦できる、 同じように ゲームのように仕事に没頭できる。 趣味が高じて仕事になったとよく言われる、あの感じ。 ただし、趣味と仕事は違う。 趣味はペクトルが自分の方に向いているが、仕事はお客様の方に向いている。 如何にスタッフが快活に仕事に打ち込めるかのルールづくり。 そんな仕組みでゲーム化していきたい。 コロナ禍と云う一つのきっかけで、長い時代が終わり、新しい時代が始まろうとしている。 withコロナというよりもアフターコロナでの新しい時代ではそれに対応できる人や組織だけが生き残っていける。 今まで隠されていたモノがあぶり出されている そのモノに対してどう対応すべきか、 どうサインを読み解くか。 それは原点に還ること 原点に還ると答えは自ずと見えてくる。  
以上
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【ここに来ないと寝られないの】No. 22カフェ オン・ザ・ロード細川様

絆工房とオン・ザ・ロード
絆工房とオン・ザ・ロード 但東町安国寺近くの坂浦峠の山合いの静かな森の中ににひっそりとカフェ オン・ザ・ロードが佇んでいます。 今回はそこのマスター細川さんに絆物語を伺いました。 カフェの周りにある木の巣箱には、季節によって色んな野鳥が訪れるそうです。 自然と深い絆があるカフェです。マスターは長年勤めた鞄メーカーを辞め、去年カフェをオープンされました。 ー笠原「どうしてサラリーマンを辞めてカフェをしようと思ったのですか?」 ー細川さん「奥さんが隠れ家的な喫茶店をやりたい、僕はかばん工房を開きたい、二人の思いが重なった結果、かばんも作れるカフェが誕生しました」 なるほど、店内には腕のいい職人さんが作ったのが一目で分かるセンスのいいかばんがディスプレイされてあります。 そしてオンザロードを語る上で外せないのがフルーツティー。 ここの看板メニューです。このフルーツティー誕生秘話も伺いました。 かばんの町としても有名ですが、同時にコウノトリの町としても有名な豊岡はコウノトリを含む野鳥の保護活動が熱心に行われており、その関係者の中に俳優の柳生博さんがおられます。 柳生博さんは山梨県に八ヶ岳倶楽部というカフェを持っておられ、そこの名物がフルーツティー。 友達から柳生さんを紹介してもらったマターは是非レシピを教えてほしいとお願いしたところ快諾。そうして誕生したのがフルーツティ。7種類もの季節のフルーツをふんだんに使った紅茶は最初は、さわやかな香りと味がしますが、次第に甘味のあるとろりとした紅茶に変化。紅茶を飲み終えると、ポットの中のフルーツもいただけます。 夕方近くに来られた年配のご夫婦は 「ここに来ないと寝られないの」と言われました。 オープンしてわずか1年で、地元の人々の生活にしっかりと浸透。 さらに、カフェの名前on the roadと聞いてピンと来られた方はかなりの浜田省吾ファン。 実は、カフェの名前にするほどオーナーご夫婦揃って浜省ファン。定期的に浜省ファンが集まり熱く語り合うそうです。 お勧めは、二階の窓際のソファ席。時間を忘れてしまうほど座り心地抜群です。 ―細川さん「回転率なんか気にしません。居たいだけ居て下さっていいんですよ。そんなカフェです、ここは」とマスター。 森の中にあるカフェだけあってオーナーも森のように訪れた人を大きく包んでくれるお人柄でした。 カフェという空間で鞄との縁を途切れさすことなく生まれたかばん工房、遠く離れた八ヶ岳倶楽部とフルーツティで結ばれているカフェ。 この道の彼方、きっとこれからも沢山の絆がオン・ザ・ロードには約束されています。
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【誰もが生きやすい環境づくり】No. 21農楽(の〜ら)木村尚子様

絆工房と農楽のーら
絆工房と農楽のーら   兵庫県豊岡市出石町鳥居に広がるのどかな自然の中に農楽(の〜ら)があります。 今回お話しをうかがったのは、障害として理解されにくい軽度発達障害や対人関係の不調などの理由で 社会に参加することができない若者たちが、再び社会に復帰する前にちょっと一呼吸おいて体力、気力を充電することができる、そんな家と社会の中間的な居場所というべき「農楽(の〜ら)」と呼ばれる暮らしの学校代表の木村尚子さんです。 子供をもつ親であれば誰でも子育ての最終目標は、自分が亡くなった後に我が子が一人でも食べていけるかどうかだと思います。 木村さんには軽度の発達障害がある息子さんがおられますが、 周りに仲間や指導者がいて、自分で食べ物を作り出せるようになれば、安心して先立てるのではないかと、その親心から立ち上げたのが暮らしの学校、農楽です。 木村さんは大阪出身。ご主人の生まれ故郷に20年前にここ豊岡市に来られました。 外大卒の木村さんは、田舎に移っても仕事ができるようにと、フリーランスのコンピュータ技術翻訳を家で続けておられました。 そんなある時、ひたすら黙々と朝から晩までパソコンの前で仕事をする働き方に疑問を感じ、パソコン画面からふと顔をあげた時にそこに広がる自然の存在に目をとめられました。 縁あって自然体験活動やまちづくり活動に参加する中で、有機農業に出会い、共感しあえる仲間も増えてきて絆が広がっていきました。 当初は、息子さんのために立ち上げた農楽でしたが、ひきこもりがちな人達が社会に出て行く第一歩として、様々な若者たちが通ってくるようになりました。 農楽では、天候、環境条件によって思い通りに育たない農作物と格闘したり、失敗OKな雰囲気の中で、若者が共働作業を積み重ねることで、実際の社会に飛び込んでもしぶとく生き抜ける力を時間をかけて育んていきます。 見た目にはほとんどわかりにくい障害や困難をかかえている人はどの時代にもいたはずだが、社会全体に余裕がなくなってしまった今、そういう人達がますます生きにくくなっている、と木村さんは言います。 確かに、競争社会の今は、障害あるなしに関わらずどんな人でも生きにくい時代です。 長い人生の中で途中で息切れして立ち止まる時は誰にでもあります。 そういう中で、誰かからの「大丈夫?」の一言でその疲れた人が、社会から後退することなく、 その場に踏みとどまることができれば、誰にとっても、もう少し余裕が生まれてくるのではないでしょうか。 木村さんは、立ち止まってしまいがちな若者をサポートするのは面倒な面もあるが、サポートする側にとってもコミュニケーションスキルアップになるはずと、地域や職場への呼びかけも始めておられます。 相手に分かってもらう工夫をすることで、見通しのよいコミュニケーションの空間が生まれ、お互いのコミュニケーションが活発になれば、そこに絆が生まれてきます。 絆は、一方通行では生まれません。 こちらから、むこうから、双方からの糸で紡いでいくのが絆です。 障害のある人もそうでない人も、それぞれの活動する境界線をボーダレスにすることで、 誰にとっても生きやすい社会が生まれてくるのかな、と思います。 インタビューをさせていただいている時に1人の青年が、手作りのカスタード入りトーストを作ってもってきてくれました。 なめらかなホイップクリームも添えられてとてもオシャレでとても美味しくいただきました! ごちそう様でした! 手作りの温かいスイーツでほっこりしたインタビューの時間になりました。 おしゃれなスイーツでおもてなしとは、女の私でも気が つくかどうか。勉強になりました。 有難うございました。。
以上
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【絆のカタチ】No. 1 ごあいさつ

長かった冬もようやく遠くの山に去り、ネコヤナギの銀色のうぶ毛にも、谷をわたる風に心無しかきらめいて華やかさを感じます。 もうすぐ咲く桜の花の下を手を繋いで通る園児のその笑顔に柔らかな光が戯れ、はしゃぎ声が聞こえてきそうな季節がすぐそこまでやって来ています。 「遠くは霞み、野にはれんげ、たんぽぽ、空にはひばりがピーチクパーチクとやかましくさえずり、その陽気なこと————–」 私の大好きな落語の一節です。 さて、私どもマジックは昨年十月に、新社屋に引っ越しをいたしました。 ご存知の皆さんにはもう寄っていただいた方もあると思いますが、 まだお知らせが届いていないお客様に遅ればせながらご挨拶申し上げます。 私がオリジナルTシャツ屋を立上げてから早、二十三年も経ちました。 我が人生にとりましても、この決断は大きな節目になると思います。 私の最初の転機は三十歳のときでした。 創業した年です。 その年、勤めていた会社が倒産し、さらに肝炎に掛かってしまい入院を余儀なくすることになり、 親父からは独立なんてとんでもない、勉強も満足にできないおまえに、厳しい世間を相手にやっていける訳がない。 と見放されてしまいました・・・・私も自分自身に対してとても自慢出来る様な能力はないと思っていましたし、むしろ劣等感の方が強かった様に感じていました。 しかし、不思議なことになぜかこの仕事ならイケルという確信がありました。第六感てやつですかね? 今、思えば自分でも無謀だったかも知れないとおもいます。だって独立していきなり入院してしまったのですから・・・・・ まさに人生最悪どん底状況の時期でしたから。 しかし、反対を押し切って船出をしてしまったものですからもう後へは戻れません。 当時すでに幼い子供も二人いました。 それでも妻はこんな私の後押しをしてくれました。 近くの農協のスーパーのレジ打ちのバイトに出てくれました。 私も一人で営業廻りとオリジナルTシャツの製作しながらなんとか喰い繋いでいました。 ほとんど先は見えません。 しかし弱音を吐いても何一つ解決しません。 一生懸命取り組むしかないのです。 そんな中なんとかしなくてはという思いだけはあり、 とりあえず本屋さんに駆け込んで経営書らしきモノを買いあさっておりました。 その中には何十万もするナポレオンヒルの成功哲学とやらも購入しました。 金額は恥ずかしくて言えません。はっきり言って高かったです。 それまで勉強なんて大の苦手でした。 活字を見ていると眠たくなってしまいます。今もでもそうです。 しかしそんなことは言っておられません。考えつく事を片っ端からやってきました。 そんなあるとき「宝地図」に出会いました。 そして「宝地図」作り方セミナーという何ともいかがわしいモノに参加しました。 それはカレンダーの裏の白紙を使い、自分の写真を真ん中に貼り、自分の名前を入れ「泰蔵の宝地図」と書くのです。そしてその中に思いつくまま欲しいものモノの写真を貼ったり文字で書き込みました。 これが意外にも効果を発揮しました。 事実その宝地図に貼ったものが大方手に入りました。 何の根拠も無しに貼ってみたのに今思えば驚きです。 人は言葉よりイメージの方が格段に影響を受けるのだと言うことを実感した事例です。 皆さんもぜひ取り入れてみてはいかがでしょうか? もしご興味が湧きましたら声をかけて下さい。 アドバイスさせていただきます。もちろんただです! 独立してそれから十年経った頃、やっと観音寺の山奥から豊岡の塩津町という所にお店だけですが構えることが出来ました。 それまで看板をあげてもイノシシやタヌキしか見てくれない山奥でしたからとても嬉しかったことは言うに及びません。 それからも少しづつではありますが順調に伸びて来ました。 しかし、それまで建て増しでしのいできた工場も使い勝手が悪く手狭となりどうしたものかと考えておりました。 そんなおり、三年前頃から月に一度の墓掃除をしておりました折、 ちょうど村内の不動産業をされている国谷さんがなぜかその日通りかかられ、 浅倉という処に勧めたい土地があるので一緒に見に行かないか?と誘って頂きました。 それは正に望んでいた物件でした。 しかし、どう考えても手持ちのお金にそんなに余裕はありません。 しばらくは悩みましたが、やがて決心しました。 すべては神の御心のまま、私に与えられた課題だと——–と。 でも私は唯神論者ではありません。 幾ばくかの元手をもとに銀行に掛け合うことにしました。 そしてだめなら即、諦めようと決めて交渉に当たりました。 ところが、それほどいい決算内容ではないにもかかわらずOKという返事をいただきました。 今考えると先祖の意思が導いてくれたように思えてなりません。 不思議なごことです。 今も私にとっては能力以上のことをやっているという思いは変わりません。 私一人の力だけでは到底やっていくことなどできません。 ですから社員、お客様、ご縁あるみんなさんの力を借りながら一致団結して行かねばという思いでいっぱいです。 この大きな節目に当たり何から始めたら良いかと言う事ですが、原点に帰って考えると、 先ずは私を育ててくれた両親に感謝することから始めたい。 それが私の絆づくりの原点だと思いました。 今では頭から反対しておりました親父も心の中では応援してくれているようです。 そんな親父が体の不調を訴えて五年ぐらいになるでしょうか? 現在は病院に入り浸りです。 肺気腫から始まり心臓病、糖尿病と重い病に倒れ再起不能といった状態です。 酸素ボンベを離すことが出来ず、息をすること、起あがる事さえ困難な状態が続いております。 そんな親父の姿を見て改めて強く思いました。 いつか人は必ず死ぬんだ。 そして、その間際に「いい人生だったなぁー」って言って最後を迎えたいという思いを————-。 私の親父は早くに父を亡くしました。 兄弟の多い親父はそれほど恵まれた人生ではなかったように思います。 一部の兄弟との間でもめ事が絶えなかったようです。 他の兄弟は家を放り出して華やかな都会へ出て行ってしまいました。 が、やがてその者たちは仕事に失敗してしまい泣きついてきました。 そんな兄弟の尻拭いをさせられるなんて到底納得出来ない。 そんなことを言ってよく愚痴をこぼしながらも面倒を見てきました。 親父は不満を抱えながらも山林と農業で盛りたててきました。 そういった自負もあり、初めはなかなか私の仕事を受け入れてもらえませんした。 しかし、何年か経った頃、作業場を増築してくれたりと親父なりにいろいろ気を揉んでくれるようになりました。 戦中戦後の激動の時代を生き抜いてきたたくましい親父の姿は今はありません。 世の中が移り変わり必要とされなくなってしまった己に自信を喪失し、打ちひしがれている姿を見るのは本当に忍びないものです。 この世の無情を感じずにはいられません。 人はいつまでたっても誰かから必要とされていると思えることがいかに大事かということを知りました。 だからこそ今、私が出来る事は今まで陰ながら応援してくれた親父に心から感謝する事だと思います。 自分がこの世に存在するのも両親のお陰ですからこの節目の時期に改めて伝えたいです。 「ありがとう親父、おふくろ」—–と。 新たな旅立ち号にもかかわらず重たい内容になってしまいましたが、 最後まで読んでいただき本当にありがとうございました。 最後に私どもの会社の経営理念をお伝えして皆様との絆が少しでも深まる事を祈念しながら閉じさせていただきたいと思います。
以上
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【絆のカタチ】私の仕事 No. 2 ごあいさつ

絆工房笠原
絆工房笠原
暑かった夏も終わり、秋の気配を感じる様になりました。赤とんぼや朝夕の涼しさに季節の移り変わりを感じます。 第一号から半年たち、やっと手つかずのワクワク通信「絆のカタチ」を発行出来ました。 みなさんお変わりありませんか? 実は、私の父が長年煩っておりました病気がもとで先月他界しました。 約五年あまり闘病生活を続け最後はろうそくの炎が小さく消えて行く様に静かに息を引き取りました。 親父の生涯は戦争時代からテクノロジー全盛の現代に至までを経験し時代に翻弄された波瀾万丈の一生だったのかもしれません。 父の死を看取り思う事は、私もやがては年老いて一生を終える時が必ず訪れる、その時に何を思いながらあちらの世界に行くのだろう? また見送ってくれる人の記憶にはどのように残るんだろう? これから先、折り返し地点をとっくに過ぎた私でも悔いの残らない人生にしたいと願っています。 そんな中、私にとって仕事とは・・・・? と言う命題を自分自身によく問いかけます。 エゴにまみれた私は、実力も無いのに出世するにはどんな仕事を選ぶべきか? いい生活をするには商売をすればよいのか?・・・などとつい考えてしまいがちです。 他人の持っているものが羨ましくてしようがありません。 でも、ある人は言います。 『どんな職業に就くべきか?自分に合った天職とは何だろうかと・・・。 しかし、その前に、「どんな人間に成りたいかを考える方が先だろう」・・・と!』 今回身近な人の死に立ち会い以前にも増して思うことがあります。 人生最後の時を迎えて、「あぁ、いい人生だったなあ」と言って最後を閉じたいなぁ・・・と。 たった一度の人生です。 精一杯生きた証となる様な仕事が出来れば最高ですが、少なくともそれに立ち向かって行く様な人間にならねばと強く思います。 でも不安はありますよ、すごく。 私も小さな小さな会社を経営しているのですが、ここで働くスタッフのみんながより良い人生を送って欲しいと願っています。 その根本になるものが仕事に対する思いです。 その思いを書き出す事で自ら確認し、より良い人生に一歩でも近づけるのではないかと思いスタッフのみんなに書いてもらいました。 ではスタッフ自らの思いをご紹介致します。 トップバッターは営業部長の藤原の仕事に対する思いです。 絆工房藤原 近年インターネット環境が一般家庭にも普及する中で商品の価格競争もいっそう激化しております。 そんな中だからこそ商品の品質だけではなく、使われるシーンや、もたらす効果を考えた商品提案ができるよう日々勉強し、さらにそのバックボーンにあるお客様の満足度に焦点をあてた高付加価値営業を心がけています。   次は店長の鎌倉 謙です。 絆工房鎌倉 私の仕事は、MAGICへ来店される方々の注文を受ける受注業務が仕事です(プリントはしません。○○なので(笑)) 特にチームの方(バスケ・バレー…etc)が「お揃いのウエアーを作りたい!!」などと言われ来店されます。   スタッフのみんなはとにかく頑張ってます。 私も負けてはおれません。 勉強をしなくてはと思い、先日読んだ本にすごく気付きのある一節があったのでご紹介したいと思います。 それは「小さな幸せに気付く24の物語」の中の 『筆箱』と言う題です。 お母さんが小学校時代に使っていた古い革製の筆箱でした。この筆箱を娘さんに上げる時にお母さんが、 「これはお母さんが小学校の時から大切に使っていた宝物なの・・・。これを買ってくれたお父さん、あなたのおじいさんは、お母さんが小学校のときに亡くなったの。お母さんは、これをお父さんの形見としてとても大切にしてたのよ。あなたが大切に使うならあげようか?」 と娘さんに話したそうです。 ある日、娘さんが使っていた筆箱がクラスで話題になりました。ある男の子が娘さんに、 「お前の筆箱、古いやないか、僕のはこんなやで」 と娘さんの筆箱をバカにしました。他の子も一緒になって娘さんの筆箱を指差してからかいました。そのとき、娘さんが、 「ねっ、古いでしょ! いいでしょ! これはお母さんが子供の頃から大切に使っていたんだって! おじいちゃんの形見なの。私も大事に使って、私の子供にもこれをあげるの」 と言ったそうです。周りの子供たちは一瞬シーンとなりました。しばらくして男の子たちが、 「ふーん、ええな」 と言ったそうです。 というお話です。・・・感動しました。 私たちはどうしても新しいもの、奇麗なものに目がいってしまいがちです。 でもそのモノの持っている意味だとか、思い入れにまで心が行きません。 古びて手あかの付いた筆箱でも思入れがあればまた大切に思う気持ちがあれば、価値あるものに生まれ変われるんですね。 私たちはモノづくりをするる仕事をしておりますが、つい大手メーカーとか有名ブランドには勝てないと思ってしまいます。 同じレベルのモノを作ることが出来ても、です。 このお話は新品でなくても、有名ブランドでなくても、奇麗でなくても、高性能でなくても、くたびれてても、また古くても新品以上に「いいなー、それ」って言ってもらえると言っています。 私たちも、モノづくりに対して、そこにもっと工夫することが大切だという事にあらためて気付かされました。 とは言ってもなかなか難しくてつい流されてしまう私ですが・・・ マジックらしさを目指して頑張りますので皆さんも応援宜しくお願い致します。 私ども「絆工房の掟」を今一度ご紹介致します。 一、仕事はわくわくしなければならない 一、仕事はアイデアに溢れていなくてはならない 一、仕事は楽しくなくてはならない 一、仕事はお駄賃ではなく、おひねりでなくてはならない こういった信条をベースにプリントで絆づくりに邁進して行きたいと思います。 また、こちらの方へ来られる事がございましたらお立ち寄りください。 お茶しながら語りましょう。
以上
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