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昇華プリント専門|オリジナルウェア・ユニフォーム制作|絆工房

マスク売れ切れ続出の今、印刷会社が本気で作った プリントマスクがすごすぎる!

絆工房昇華オリジナルマスク

絆工房昇華オリジナルマスク

『マスクがないなら作ってしまおう!』

 

世界中で新型コロナウイルスが猛威をふるい、学校が休校、イベント行事も次々と中止、延期といった影響をうけています。そして、もうひとつ市民 生活に不便を感じる問題が生じています。

それは、マスクがどこにも売っていない

マスクがどこも品切れ状態。
オリジナルプリントTシャツを製造している絆工房でも 市販のマスクのストックが先週底をつきました。

そんな店頭に市販のマスクが売り切れ状況の対処としてブームになっているものがあります。

 

それは手作りマスク。

TVでは、手作りのマスクが紹介されたり、youtubeでもマスクを作って その作り方の動画が急速に
増えています。

絆工房でストックしている市販のマスクがなくなったということで、スタッフは考えました。

 

「伸縮性も通気性もある私たちが普段使っている生地なら、マスクでも 使えるのではないか?」

「マスクは病原菌を防ぐものではないけれども、これからは花粉症の季節にマスクが売り切れはこまるわ。」
「入園式や入学式の名入れのマスクがあればママは助かりそう」 「給食の白マスクにも使えるしね!」
色んな声が次々とあがりました。
そして作りました。
ご紹介します。
でも、その前になぜ絆工房がプリントマスクも作れるのかをご説明したいと思います。


「ただの白のマスクでは面白くない」

絆工房でつくるプリントマスクのメリット・デメリット

 

絆工房は昇華プリントという印刷技術を使って生地を デジタル印刷で色を染色している印刷会社。
印刷する生地の素材は白のポリエステル生地

絆工房で使われているポリエステルの生地の特徴

■ 伸縮性もある

■ 通気性もある

■ なめらかな肌触り

■ 吸水性も抜群

 

この白の生地でもちろんプリントマスクを作成することができるんです。
そして、実際作ってみたのがこちら。白のプリントマスク。

 

 

絆工房の昇華プリントという特殊な技術で印刷すると色の発色が非常に美しいというメリットがあります。

「ただの白のマスクは沢山ある。オリジナルユニフォームの会社はマスクもオリジナリティーのプリントマスクでないと!」
「この絆工房の技術を生かさないなんてもったいない」ということで、本気で考えてただの白のマスクを昇華プリントで印刷してみました。

 


 

印刷会社が本気を出した昇華プリントの

プリントマスクが誕生!

 

■ 何回洗濯しても色鮮やかで光沢感ある立体のプリントマスク
■ 耳にかける紐も同じ素材の生地なので伸縮性が十分あるので耳が痛くならない
この2つの要素をかねたのが絆工房の昇華で作るプリントマスク
その名もエチケットデザインマスク

絆工房のエチケットデザインマスクはお客様のライフスタイルにあわせてカスタマイズできるマスクです。

いくつかデザインをご紹介します。

上品なピンクの背景カラーに花のデザインをちりばめてみました。

 

オリジナルユニフォームを作成する絆工房の遺憾なく 発揮しているのがこの一枚
女子フットサルチーム「AC播磨 イーグレッツ」さんのウェアデザインを利用しました。
みなさんのスポーツチームもデザインやロゴマークがあればお作りすることができます。


一度デザインデーターを作るとユニフォームだけでなく、
様々なことに広くできる汎用性があるの
昇華プリント。絆工房の強み。

スポーツチームマスクのように、
自分の所属するチームロゴ、飲食店のお店のロゴの入ったプリントマスクをお作りしたい方は、
お気軽にお問い合わせ下さいませ。

 

絆工房 マスク

 


Q オリジナルのプリントマスクって作れるの?

 

A もちろんお作りできます!

チームロゴやお店のロゴといったデザインデータをメールでお送り下さい。
最初にデータ代 (税込¥3,000)でお作りさせていただきますと
あとはデーター作成料はかかりません。

大切なオリジナルロゴは大切に永久保存させていただきます。
「新入部員用のマスクが追加でほしい」
「飲食店で衛生管理はマスト。マスクはかかせないから新しく入ったバイトさんの分がほしい」
こういった追加でも一度データを作ってしまえば継続して作れる、これも絆工房の強みの1つです。

Q 1枚だけ欲しいんですが・・・

A   白マスクはもちろん1枚から販売しております。

  オリジナルマスク枚は10枚からの受注販売しております。

 


いいことづくめの昇華プリントのマスク、デメリットももちろんあります

これは昇華プリントマスクに限らず言えることですが、
マスクの目的は、くしゃみや咳による周囲の人へのウィルスの拡散予防効果であって、決して感染そのものを防ぐものではありません。
医療用マスクではなく、エチケットマスク、マナーマスクであることのご理解をよろしくお願いいたします。
また使い捨ての紙マスクと違って、手作りのマスクは毎日こまめに洗濯し、清潔にすることが大切。
ただ、昇華プリントの生地で使用しているプリントマスクは速乾性があり、すぐに乾きます。
是非こまめに洗濯して清潔なマスクの着用をおすすめします。
また昇華プリントマスクは何回洗濯しても色褪せることもないのというのも嬉しいですね。


いかがでしたでしょうか。
もうすぐ春。
コロナウィルスが早く沈静化してほしいものです。
また、花粉対策、お子様がいらっしゃるママさんは新年度に向けて入園・入学準備が忙しくなってきますね。
同じマスクをつけるなら、かわいいプリントマスク、楽しいプリントマスクをつけて春の暖かさを思いっきり感じたいものです。
さらに昇華プリントマスクをお知りになりたい方はご遠慮無くお問い合わせ下さい。
ただいま、有難いことにお問い合わせを多くいただいております。
本当にありがとうございます。

最後に、絆工房デザイナーもオリジナルデザインのマスクを作りました。
下の記事もご覧下さい。
https://kizunakobo.jp/wp3/6571/

今日も花粉が飛ぶらしいです。肌触りのいいマスクをつけて少しでも快適に今日も頑張って
お仕事していきましょう。

オリジナルマラソンTシャツ問い合わせ

【絆のカタチ】No. 53 渡辺瑞帆様

青年団 渡辺

 

進学を機に地方を離れると次世代がなかなか戻って来ない地方都市。
ここ豊岡も多くの地方都市と同じ人口減少問題を抱えています。そんな人口8万弱の我が街に、世界的な劇作家であり演出家の平田オリザ氏が自ら主宰の劇団「青年団」を率いて移住されています。
そして現在『芸術』地方都市計画を進行中。
その「青年団」のメンバーの一人であり6月に豊岡に転居してきた空間デザイナーがいます。

渡辺瑞帆さん。
若干28才ながら行政と地元民の架け橋になるべく東奔西走する彼女に今回お話を伺いました。 

■ 『街を劇場にしたい』

 

― 笠原 「渡辺さんは出身はどちらですか?」
― 渡辺さん「東京生まれの東京育ちです。一人暮らしは、豊岡の地がはじめてです。」

― 笠原 「デザイナーということですが、どこで学ばれたんですか?」
― 渡辺さん「早稲田大学理工学部で建築学を専攻しました。建築学といっても、理工学部は、衣装ファッション、公共施設等のデザイン、そして構造設備の3つの専攻分野があり、私はそこでデザインを専攻しました。御社でされているシルクデザインも学生時代よくやりましたよ。原宿にある東郷平八郎が祀られている東郷記念館のソファの原画のデザインもシルクで手がけました。」

― 笠原 「空間デザインとは具体的にはどんなことをデザインをされてるんですか?」
― 渡辺さん 「店舗のディスプレイ、展示会での人の動き、それに応じた導線づくりや商品の配置をデザインします。」

4年間の学士後もさらに大学院で2年勉強。

― 笠原「もともとデザインが好きだったのですか?」
― 渡辺さん 「そうですね。私の通っていた都立高校というのは、文化祭となると全クラスが演劇するんです。1学年7クラスなので3学年あるので21クラスが毎日上演します。代々木公園で劇の練習したり、表参道をジャージ姿で歩いたり、赤坂離宮をマラソンをしたりして1つのものを皆で作り上げるような学校でした。」

展示会のデザイン構成、カタログ制作、PR活動、道具の責任を負うキューレーターの素地を高校時代に築いたそう。
劇は、俳優だけでなく、台本脚本担当、舞台装置担当、照明、音響等、全てが1つになって創り上げるアートプロジェクト。1つの目標に向かって同級生との絆を深めた渡辺さんは、大学に入ってからも数々の芸術を空間デザイン観点から取り組んでいきます。平田オリザ氏の『青年団』に入団したのもちょうどその頃。


― 渡辺さん 「劇団といっても私は、俳優ではありません。俳優というアーティストに伴走するキューレーターとして、空間という場所をデザインしていきます。」

― 会長 「卒業後の就職はどうされましたか?」
― 渡辺さん 「院を卒業してから3年ほど建築事務所に勤めました。両隣の席の先輩は大学校舎の建築に携わったり、海外の大きなプロジェクトを進めていたりしていましたね。皆海外を目指しているような環境でした。私もこの前タイのワークショップのデザインを友達と一緒に手がけましたが、やはり海外の人と一緒に働くのはいいですね。」 
国内だけでなく海外の人ともしっかりと絆を築いて仕事をする渡辺さん。


絆工房と劇団『青年団』渡辺瑞帆

― 笠原 「若い時に海外に行くのは非常にいい体験だと思います。自分のいるところから外に出ると、違いに気づきます。違う価値観が分かる。違いを排除するのではなく、海外で価値観の違う人間関係を築ける人間になってまた地元に戻ってくる。それが街を変えると思っています。環境は大切です。僕も会社の環境づくりに取り組んでいます。「楽しく仕事をする」環境づくりです。絆工房はオリジナルユニフォームを作る会社ですが、それは仮りの姿であり、ユニフォームを通して絆づくりをする会社というのが、真の姿なんです。」

 

■ 『キーワードは広場』

 

空間デザイナーの知識はもちろん、色んな学術分野にも精通しているのが会話を通して伝わってきます。ゆっくりと穏やかに話す一方で、質問するとその内容に沿った歴史的事実や文献を引用しながら、自分の学んだ体験や感じたことを理論的に話す彼女。引き出しを沢山持っている才色兼備な女性。

ー渡辺さん 「時間単位で計画通りにきちんと物事を進んでいくのが好きですね。ただ没頭すると体を壊すまで働いてしまい、良くないですね。」

ちょうど取材日の前にも東北地方のプロジェクトや奈良のプロジェクトに飛び回り、その結果風邪を引かれたらしく取材中も咳をされていた渡辺さん。そんなエネルギッシュな彼女が、人口減少によってシャッター商店街が広がるこの土地を、空間デザイナーがどうフランスのアビニョン演劇祭のような世界最大の国際演劇祭を開けるような豊岡へと変貌させるのか。

絆工房と劇団『青年団』渡辺瑞帆


― 渡辺さん 「大事にしているキーワードは『広場』です。人が集まるようなパブリックハウスのような、人間らしくいれる広場を豊岡で創りたいです。イギリスのお酒を飲む場所「パブ」、この語源は、パブリックハウスといって社交場、情報交換の場所でした。豊岡でもそういう広場があちこちに点在し、人が動き、芸術が生まれ、集まる広場を創りたいです。駅を降りたら歩いていける劇場があり、そこにたどり着くまでに人が集る広場が点在している街全体が1つの劇場のような街。人の動きの導線作りのための土地を探していると、よく使用目的を聞かれるのですが、私が決めるものではなく、皆が話しあいながら決めていくものです。私はキューレーターとして皆さんの想いをお手伝いする立ち位置として活動しています。」

― 笠原「芸術で街を潤すのは大変なことです。」


― 渡辺さん 「そうですね。IT企業が来るなら直接的経済効果はあると思います。ただ、芸術というのはもっと2次的なものです。人生をより良く、そして、人生の幅を広げるものが芸術です。」


― 笠原 「技術は再現性があり、芸術は唯一無二。人間は時間と空間の制約の中で人は生きています。この世は所詮大いなる暇つぶしと言われています。その制約の中で、人生の演者として檜舞台で楽しんで仕事をする。そうすることで人は成長していきます。そういう意味では芸に通じるような仕事の仕方が大切ですね。僕は常にスタッフがそういう仕事の仕方ができるような仕組み作りに取り組んでいます。」


― 渡辺さん 「東京にいたら稼ぐ手段はいくらでもありますが、私は来年の自分が予測できるようになったら終わりだと思ってます。今やっているバイトをこの先10年もしているのを予測できるような仕事ではなくて、ですね。」
― 笠原「そうですね、時給の仕事は終わりの時代に入ってきてるんじゃないかな。」


― 渡辺さん「学生時代もその時できるようなバイトはせずに、自分しか出来ないことをやってましたね。東京から来たというと、豊岡の方は、よくこんな田舎に・・と言われますが、豊岡はとても素晴らしい街です。ここで本当の革命を起こしたいですね。」


― 笠原「イノベーションは、若者、よそ者、馬鹿者から始まる、と言われてます。頑張って下さい。」

 

絆工房と劇団『青年団』渡辺瑞帆


取材が終わったのが夜でしたが、翌朝は高校で話しをするという彼女。「家に帰って、話す内容をまとめないと。」 
新しい土地で、新しい人と絆を築き、近い将来、豊岡で小劇場が点在し、芸術を愛する若者が溢れるようになった時その時、再び彼女の取材でみせたしなやかな瞳の輝きを思い出すはずです。

 

以上

【遊びの中に学びがある】No.49NPO法人かんなべ自然学校 代表前田敦司様 

絆工房と神鍋自然学校

絆工房と神鍋自然学校

黄金色に色づきはじめた11月の神鍋高原。学校と民間のちょうど中間地点で子供たちを育成したいと2011年『NPO法人かんなべ自然学校』を立ち上げた前田敦司さん(33才)。
標高のある神鍋はやはり山里よりも気温が低く肌寒いため、ストーブを囲んでの取材となりました。

 

■ 学校でも家でも出来ない教育をしたい

 

尼崎、大阪、東京と都会でデザイン会社の内装を手がける現場監督件営業マンとして
約10年ほど働いていた前田さん。

ー笠原「都会で働いていて故郷に戻ってきた理由はなんですか?」

ー前田さん「東京にいた時に東日本大震災を経験し、放射能影響が不安になってこちらに戻ってきました。
もともと好きな仕事が“ガイド”だったので、生まれ故郷の自然豊かな神鍋の地でガイドとして働きたいなと思い、ちょうど神鍋観光協会がジオパークガイドの募集をしていたので2011年からガイドとして働きはじめました。」

ー会長「どうしてこの学校を立ち上げようと思ったのですか?」

ー前田さん「2年間ガイドとして勉強した後、未来ある子どもたちに自然の中で何かを学んでもらいたいと思ったからです。学校でも家でも出来ない教育が出来たらな、と。学校はずっと同じメンバーで上がっていきますよね。でも私の学校は20人定員で年齢、出身、性別もバラバラ。いわば、社会の縮図です。」

絆工房とかんなべ自然学校前田様
                   学校の横に手作り露天風呂建設中



ー会長「日本の学校教育は、詰め込み教育です。他の生徒よりも1点でもいい点数を取ることに努力しろという。そして頑張って日本の最高学府の東大に入ったものの、世界の大学ランキングで東大はトップランキングに入ってないんですよね。他の生徒よりも自分がとにかく上を目指し、いい大学、いい会社に就職した。そして、さらにいい営業成績を残して上司になって部下も出来た。その時に、部下への応援の仕方がわからないという問題に直面します。それまで他の人を蹴落としてでも自分が上に上がることだけを考えてきましたからね。」
ー前田さん「そうですね。この学校をNPO法人にしたのも、応援するし応援してくれる組織にしたかったからです。人は本来“有難う”という言葉を聞きたいものです。活動を通して子供たちには助けることの喜びを知ってもらいたいですね。“遊びの中に学びがある”と思っています。映画『のぼうの城』のような応援してくれる人が周りにいる人を育てたいですね。」

ー会長「今は、人から応援される力が高い人が成功する時代じゃないかな、と思います。だからこそ応援してくれる人を育てる事が必要ですね。」

■ 神鍋の魅力とは

絆工房とかんなべ自然学校前田様

ー笠原「ここ神鍋に自然学校を立てられましたが、神鍋の未来に対するビジョンがあったら教えて下さい。」

ー前田さん「スキー以外での神鍋ブランドを考えていきたいと思っています。お金を出さなくても来るだけで楽しい体験が出来る神鍋になれば、と思っています。」

ー笠原 「神鍋は既にいいものが沢山あります。その魅力に気づいていないだけで掘り出して磨いていきたいですね。玉石混淆の状態から宝石となる原石を掘り出していくんです。その為に、まずは理念を明確にすることが大切ですね。」

 

ー笠原「今後の目標についてお聞かせ下さい。」

ー前田さん「今は、前田敦司がやっている「かんなべ自然学校」というものを、自分が離れても運営できるようにしておきたいです。また、夏休みやGWとか休みの期間での活動が多く15プログラムほどあるのですが、1年を通しての活動をしてみたいな、と思っています。東京から田舎に戻って居心地はいいのですが、ともすれば、ぬるま湯状態になるというか(笑)。だから常にハングリー精神を失わないようにと思っています。」

 

■面白き事もなき世を面白く すみなすものは心なりけり

絆工房とかんなべ自然学校前田様



ー笠原「頑張っておられますね。活動していく中で感じる人との絆があればお聞かせ下さい。」

ー前田さん「学校を設立してから色んな人との絆がありましたね。地元だけでなく、愉快な仲間が沢山いますね。そうですね、例えば(かんなべ自然学校理事)田口幹也さんには仕事をきっちりするとはどういうことなのかも教わりましたし、人生の転機は、ゆかりさん(奥様)ですし♪本当に色んな人との出会いがありました。」

ちゃんちゃんこ姿が冬隣の神鍋の山にぴったりの前田さん。趣味は、「映画鑑賞」と「人と喋ること」という人懐こい丸い目をした彼と同じく組織を運営していく経営者の笠原。
お互いの視点からみた「神鍋」の将来について熱い会話のラリーが続き、あっと言う間に時間が過ぎていきました。

ー会長 「最後に座右の銘があればお聞かせ下さい。」
ー前田さん「先ほど述べたように、“遊びの中に学びがある”と、“面白き事もなき世を面白く すみなすものは心なりけり”ですね。」

【仕事は人間関係が運ぶ】No48吉谷建築 吉谷貢様

地震、台風、豪雨、火山噴火など今年(2018年)は多種多様な災害が日本列島をくまなく襲い、絆工房のある兵庫県但馬地方も記録的な降水量に見舞われました。今回の取材は吉谷建築の吉谷貢さん。

大工事業だけでなく、クロス再生クリーニングという新たな事業も取り入れて日本の『家』のリノベーションに情熱を注いでいる貢さん。
一人で大工業のみならず新事業の企画、営業までこなしておられます。
その情熱のフレームワークになっているものとは・・


■ 職人の家に生まれて

平成29年にお父様から家業を引き継いだ吉谷貢さん。
ゴルフが大好きというだけあっていい感じに日焼けされています。

ー笠原:「会社を継ぐ前は何をされてたんですか?」
ー吉谷さん:「大阪の建築の専門学校を出てUターンで大工として父の会社で働いていました。」

ー笠原:「ほぼ十年間お父さんのもとで働いた後で、去年家業を継がれてどうですか?社長業をやられて1年経ちましたが。」

ー吉谷さん:「以前は大工というポジションだけでやっていましたが、代表になってからは何でもやりますよ、という切り口で仕事をするようになりましたね。」

ー吉谷さん:「屋根を見ると、家屋のことが分かります。そこで「屋根を直した方がいいですよ」と教えてあげる。そこから会話をしていくと、「じゃあ家の中も見て」となります。(家の)悩みやトラブルは解決できる自信はあるので、家に入らせてもらったらすぐにどこがトラブルであるか見つかるんです。」

ー笠原:「そうなんですね。具体的にどんな仕事をされているんですか?」
ー吉谷さん:「大工業はもちろんですが、今は壁のクロス再生事業もしています 注1)。皆さんにこのクリーニング法をお伝えすると「え、壁を洗うことが出来るの?」と驚かれるのです。まだまだ知らない方が多いんですね。壁のクロス再生をもっと知 ってもらうために地元以外でも販路拡大していこうと思っているところです。クロス再生は本当に注目ですね。」

ー笠原:「一点突破全面展開ですね。」

絆のカタチ

 

■ 仕事は人間関係が運んでくる

ー吉谷さん:「父の代では待っていても向こうから仕事がきた時代でこちらからは営業はしなかったようですが、今は待っていても仕事は来ない時代です。こちらから「屋根をそろそろ変えた方がいいですよ」と教えてあげたり、クロス再生を紹介したりと積極的に会話をしています。」
ー笠原:「結局、人との関係が仕事を持ってきてくれるんでしょうね。吉谷さんにとっての絆とはなんでしょうか?」

ー吉谷さん:「そうですね、商工会に入ったことで新たな絆が生まれましたね。周りに勧められるままに入りましたが、近隣に自分と同じような年代、しかも仕事の話しが出来る仲間がいるということは本当に良かったと思います。」

何気ない会話を通して家に住む快適さのヒントを伝えしたり、仕事の話しが出来る沢山の仲間に囲まれている吉谷さん。100歳時代に突入した日本人の命を守る長寿の家づくりを若き日本人が展開しています。

 

以上

 

 

吉谷建築

〒669-5314 兵庫県豊岡市日高町赤崎487  Tal/Fax 0796-42-2804

注1)クロス再生工法当社独自の洗剤と灯具でクロスの表面および内部についた汚れ(有機物)を水と酸素に分解する特許技術です。【特許 第3261499号】 表面だけをきれいにふき取るのではなく、内部の汚れをくまなく分解除去しますで、洗浄後に汚れが浮き上がって来ることはありません。        吉谷建築公式HPより

注2)一点突破全面展開孫子の兵法 ランチェスターの法則に基づく現在のビジネス・マーケティング でよく使われる戦略。どこか一箇所を集中的に戦略するとそこからオセロのよ うに全面的に展開する。

 

 

【次世代が継ぎたいなと思える会社づくり】No47株式会社ハイロン代表取締役 西垣 宙志 様

絆工房とハイロン

絆工房とハイロン

 

「天空の城」と呼ばれる竹田城のある自然豊かな兵庫県朝来市。その町に株式会社ハイロンはあります。
40年以上前に「西垣商店」として業務用モップ・洗車用品の製造・販売をしていたハイロン。
その培われた高度な厚物縫製技術を生かし、2014年より自社オリジナルトートバック「HYLON」の製造・販売もスタート。
今日は、その2代目代表取締役の西垣宙志(ひろし)さんに絆のカタチを伺います。


■ 机上では学べない経営学

 

 ー笠原:「会社をお父さんから引き継いだのはいつからですか?」
ー西垣様:「大学を卒業した2年後の25歳の時で、今から16年前くらい前です。」

ー笠原:「なにかきっかけでもあったのですか?」
ー西垣様「大学卒業後アパレル関係の仕事をしていた時に父親が体調を崩しまして、会社を継ぐか継がないかを決めろと電話でいきなり言われました。今も大変ですけど、引き継いでから数年は、ホントにしんどかったです。」

ー笠原:「大学は何学部だったんですか?」
ー西垣様:「経営学部でした。でも会社経営って学校では教えてくれませんね(笑)。 」

ー笠原:「経営っていうのは、実際にやりながら現場で学んでいくものかも知れません。中国に縫製工場もあるそうですが、どうやって中国市場を開拓してたのですか?」

ー西垣様:「昔勤めていた名古屋の会社の元上司が台湾人でした、彼を通して中国市場にパイプを作る事が出来たんです。」
ー笠原:「それはすごいですね。元同僚の方との絆があったからこそ中国工場が設立できたという訳ですね。」
ー西垣様「そうですね、今でも彼とは交流があります。3年前には中国だけでなく、ベトナムにも工場を1部移転しました。」

ー笠原:「言葉の壁とかはどうしてるんですか?」
ー西垣様:「最初は、通訳を介して僕が交渉をやっていましたが、契約が決まってからはスタッフに任せています。英語でやり取りしています。」

ー笠原:「ところで、モップの製造・販売業と平行しながら、トートバックも手がけられるようになったのはいつ頃ですか?」
ー西垣様:「清掃入れの鞄は以前から取り扱ってはいるのですが、ある時、モップ卸業者さんが鞄を作る会社を探しておられたので「うちで作りましょうか?」と言うと「出来るの?」と言われ、「わからない(笑)」から始まりました。3年前のことです。それと、それまでは自社ブランドの鞄はありませんでしたので、やってみようかなと。」

ー笠原:「新しいことにチャレンジされたんですね。ところでハイロンという名前の由来は?」
ー西垣様:「僕の名前が(ひろし)HIROSHIで昔のメールアドレスがひろんHIRONだったんのでそこからハイロン(HYLON)と名付けました。」 

■ 社員に任せられる組織づくり

絆工房とハイロン様

ー笠原:「将来の会社の掲げる目標や西垣さん自身の夢とかありますか?」
ー西垣様:「会社を大きくするというよりも、長く継続していける会社にしたいと思っています。僕が引退した後にこの会社を継ぎたいなと言ってもらえるような会社にしておきたいと考えています。社員が働くことを楽しめる会社にしたい、その為には魅力ある事業内容にしないと・・・、と思っています。」


ー笠原:「そうですね、絆工房の経営理念も「楽しく仕事をすること」です。その為に経営者としての僕の仕事は何かと言われたらスタッフの働きやすい環境を作ることだと思っています。ただ、楽しく仕事をする=好きなように仕事をするのとは違います。時には嫌わられることもいといません。ですから嫌われたくないと思う人は社長には向いていません。 “三方よし”という考え方が大切な様に思えます。また何事にも果敢に挑戦して行かなければ・・そう考えると社長職というのは能力よりも適正でしょうね。」


ー西垣様:「しんどいですけどね(笑)」
ー笠原: 「そう、しんどいです。でも逃げなかったら道は開けます。」


ー西垣様: 「そもそも、僕の場合は逃げ道がなかったっていうのもありますね。(笑)父親から会社を継いで大変なこともありましたが、父が地元のつき合いで築いてくれた信頼や基礎というのも引き継げたことは良かったと思っています。これからも色んなことにチャレンジしていきたいです。」


ー笠原: 「そうですね、途中投げ出すことはいつでも出来ますから(笑)。」


元同僚との絆、次世代への絆を一針一針丁寧に紡いでいく株式会社ハイロン。
梅田ロフトにハイロンのトートバックが展示中です。(2018年夏。現在は終了)新緑に染まる竹田城のように鮮やかさでオーガニックな風合いをまとってデビューされてますのでご覧になって下さい。

 

【店に入った瞬間の空気感を大切に】No.46まるさん物産店 脇 坂 優子 様

絆工房とまるさん物産

 

絆工房とまるさん物産 
官民一体で行う「温泉総選挙2016」の「インバウンド(外国人観光)部門」で1位に選ばれた城崎温泉。

5年で36倍の外国人観光客を集客した城崎温泉で3代にわたってお土産店を営むまるさん物産店。
客層が大きく変化した城崎温泉の中でお土産店を営む想いと絆の話しを伺いました。
 


■ 時代に応じてフレキシブルにそして 温かく対応するお店 

絆工房とまるさん物産


『アリガト!』片言の日本語でサイダーを買う浴衣姿のヨーロッパ系の外国人カップル。


その横では、風呂敷を見ているアジア系の家族連れ。


「一昔前とは大きくお客さんの層が変わりましたね。」そう言って語るのは、2代目の奥様である脇坂優子さん。

―笠原「最初から城崎でお土産屋さんをされてたんですか?」
―脇坂さん「いえ、最初は祖父が竹野でお櫃屋をしていましたが、大正10年に城崎に移りました。プラスチックの普及、旅館の数の減少といった色々な理由で自然とお櫃の需要も減っていきました。昭和30年に商売をお櫃屋からお土産店に転向しました。」


―笠原:「昔はどんなお土産品を売られていたんですか?」
―脇坂さん:「子供のおもちゃですね。こけしなどの木竹工芸品もよく売れました。」

絆工房とまるさん物産
昔の城崎風景が彫刻されたしゃもじ


―笠原:「先程も言われたんですが、昔と今で客層は変わったとのことですが、どう変化しましたか?」

―脇坂さん:「昔は、日本人の一見さんや団体客が多かったのですが、今は若い女性と海外観光客が多いですね。流行に敏感な若い女性客向けの商品を揃えるようにしています。女性が入ると男性も後からついてきていただけますねね。とにかく流行が早いですね。この商品が欲しいと携帯を見せられるんですが、見せられた時には既に取り扱ってないといったこともあります。また日本人規格で作られたものは、海外の人にはサイズが(小さすぎて)合わないものもあり苦労します。コミュニケーションに関しては、スマホの自動翻訳や、身振り手振りでなんとかなるものですよ。(笑)英語サイトも作っております。」

流行も女心と一緒で早いといったところでしょうか。
 

 

■ お店の雰囲気が何よりも大切

 
―笠原:「お商売をする上で大事にしていることは何ですか?」

絆工房とまるさん物産


―脇坂さん:「お店の雰囲気ですね。雰囲気のいいお店がどうかは店内に一歩足を踏み入れた一瞬に分かるものです。敷居の高くないアットホームな雰囲気のお店づくりを信念としています。そのことは厳しく娘に伝えています。」


―笠原「娘さんはどうですか?なにかこうしたいっていうものはありますか?」
近くで忙しく接客されておられる3代目奈王美様。


―奈王美さん:「まるさん物産しか売ってないオリジナル商品をさらに取り揃えていきたいと思っています。」

覇気のある声と温かな人柄はお母様の大事にされているお店の雰囲気づくりの想いを既にしっかりと引き継がれておられます。

―脇坂さん:「娘には可能な限り現場(店)に出るように言っています。今は、娘にお店を任せていますが、私もなるべく出るようにしています。現場でしか分からない、学べないことが沢山ありますからね。それから粗末なことはしないし、粗末なものも売りません。商品の”質”を大切にしていきたいです。それから、やっぱり店の雰囲気づくり、これが何よりも大事だと思っています。」

城崎温泉に毎年来られる度に手ぬぐいを買われるリピーターのお客様がおられるまるさん物産店。何故毎年買われるのか?それはやはりお店の空気感を大切にされている脇坂親子の絆が引き寄せたことにあるように映ります。
 


【日本一浴衣の似合う町づくりを目指す】No.45「いろは」系谷 瞳様  

絆工房といろは

絆工房と浴衣販売レンタルのお店「いろは」系谷 瞳

日本の温泉100選のトップ10に有馬温泉と城崎温泉2つの温泉がランクインする兵庫県。
志賀直哉をはじめ多くの日本の文豪に愛された城崎温泉。
ここ最近は、海外からのインバウンド旅行客が急増し、5年で36倍にもなったこの温泉地の目抜き通りにあるのが今回取材した浴衣販売レンタルのお店「いろは」。
老舗の温泉旅館が立ち並ぶ中で去年オープンした理由、将来のビジョン、絆のエピソードを若女将である系谷さんにお話をうかがいました。
浴衣の着方をイラストと英語で説明した「手ぬぐいBOOK」を絆工房が印刷させていただいたご縁で今回の取材が実現しました。
いろは てぬぐい帯

 

■ 高校3年 海外から見た日本と自分

 
絆工房と浴衣販売レンタルのお店「いろは」系谷 瞳

 

—笠原:「海外観光客はやはり多いですか?」
—系谷さん:「確実にそうですね。今日も午前中、アジアからの女性観光客が浴衣を利用され今お出かけになったところですよ。」
ちょうど取材の為お店に向かう途中ですれ違った浴衣姿の東南アジア女性二人組。
日焼けしたエキゾチックな雰囲気に、浴衣がよく似合っています。
普通、海外の人が日本の着物や浴衣を着るとコスプレになったり、バスローブのような感じになりがちですが、
『いろは』では、着付けのプロの着付けスタッフが常時。
へアーセット込みの嬉しいサービスをしておりあっという間に着崩れしないしっとりした大和撫子にスタイリング変身させてくれます。
瞳さんご自身も京都で着付けを学ばれ、体に馴染んだ美しい着物姿で接客しておられます。
—笠原:「はじめにこの城崎温泉でお店を立ち上げた経緯を教えていただけませんか?」 —系谷さん:「17歳の時に、母の着物の着付けの先生からギリシャ・アテネで行われる10日間の着物ショーに参加してみないかという
お話しをいただきました。現地の人たちから矢継ぎ早に
「日本では着物は毎日着ているの?」
「あなた舞妓さん?」と質問されたのですが、そこですぐには答えられない自分がいたんです。

ちょうど進路で大学に行くかどうか迷っていたんですが、大学で特にこれを学びたい!というものもなかったので、
そういう状態で進学して果たして何かを見つけることが出来るのかな、と思ったんですね。

ちょうど進路を決める時期に海外の着物ショーに参加したことでもっと日本文化や着物のことを学びたいという思いが強くなりました。

まずは、京都で2週間ほど着付けを学び、高校卒業後に母のお店「きものサロンけいたに」で働きはじめました。」 同級生の多くが進学する中、その流れに飲み込まれることなく、「自分の人生を自分で決めて」着物の世界に進んだ系谷さん。

お母様のもとで働いていく中で、自分の経験を活かしたお店を展開したいと思い始めました。
それは、日本人だけでなく海外の方々も気軽に楽しめる和装専門サービスをと考え、
城崎温泉に去年の2月にゆかたの販売レンタルのお店ゆかた専門店「いろは」をオープン。
現在に至るまで約3500人のお客様がいろはの浴衣で情緒豊かな城崎での散策を楽しまれたとのことです。
取材の日は、秋の日差しが暖かく感じられる11月末。
既に二人組の若い女性が店内で好きな柄の浴衣を選んで着付けの真っ最中。
普段着でお店を訪れて、ヘアセットも着付けも店内で全てコーディネートできる「いろは」。
―系谷さん:「お友達同志やカップルのお客様が多いですね。
インスタ映えする浴衣と町並みを楽しみ思い出を作りたいから、というリピーターの方もいらっしゃったりと、嬉しい出会いが沢山あります。
城崎温泉に訪れる方の笑顔を沢山残したいと思っています。それはきっと、浴衣が繋ぐ絆作りのツールになっていると思います。」
絆工房と浴衣販売レンタルのお店「いろは」系谷 瞳

■Sightseeing (観る観光)からSightdoing (体験型観光)へ

 

—笠原:「これからは、城崎温泉に来て温泉に入って観光した、というだけではなく、
【体験型の観光】が主流になってきますね。自分が観光地で何がしたいのか、
単に、観光して、美味しいものを食べて、温泉に入って楽しかったという従来の観光ではなく、
好きな柄の浴衣を選んで、それを着て町を観光したという【体験】が大事だと思います。
見る(see)ではなく、行動(do)する観光。自分が主人公になるストーリーのある観光です。
ところで、「いろは」というお店の名前の由来を教えて下さい。」

 

—系谷さん:「物事の基本や基礎を意味する“いろは”から来ています。
お客様には浴衣を通して和装のいろはを知るきっかけを作っていただければとデザインしました。
お店のロゴマークの丸、三角、六角形は着物の和柄でよく使われています。
店の名前もロゴマークも、シンプルでないと伝わらないと思い、漢字ではなく平仮名にしました。」
—笠原:「わかりやすくて、日本的でとてもいいですね。最後にこれからのビジョンがあれば教えて下さい。」
—系谷さん:「日々の生活にもっと和装を浸透させていきたいと思っています。」
絆工房と浴衣販売レンタルのお店「いろは」系谷 瞳

 

週に何回かお手伝いに来られる瞳さんのお母様。
「仕事が忙しく子育てはおばあちゃんに任せていましたので、
娘とゆっくり時間を過ごしたのは高校生の時に連れていった着物ショーが実は初めてでした。」

それまではなかなか親子の時間がとれなかったのが同じイベントに参加し時間を共有することで今までの時を埋めるように急速に親子の絆を深めていかれた系谷親子。 「一卵性双生児よね。」とお互いに微笑む二人。 日本の文豪たちに愛された城崎温泉が、海外の現代の文豪達に愛される日がもうすぐ来ています。 浴衣レンタルのお店 『いろは』   (10:30~18:00 20:00~22:00 定休日 木曜日)   〒668-6101 兵庫県豊岡市湯島449    TEL / FAX:0796-32-0168

【次世代が戻ってきたいと思える町に】No.44大島興産株式会社 常務取締役 大 島 康 弘様

絆工房とトマト大島常務
絆工房とトマト大島常務
絆工房とトマト大島常務

「絆さんとは24年前に幟をやってもらったのが最初だったかな。」


お客様との打ち合わせ電話が終わり,そういいながら、奥の部屋から現れた大島さん。
幅の狭いラインが上品なペンシルストライプ柄のズボンとベストがスタイリッシュな大島常務。

若い経営者が取り組む絆の話しを伺いました。
 


■ 多くの出会いを通して経験を重ねた経営者

 

絆工房トマト大島常務

 
笠原「24年前からの付き合いになるんでしょうか。最初は幟で、広告、今はチラシですね。どうですか?(当社担当者は)ちゃんとやっていますか?(笑)」

—大島常務「もちろん!こういうやり取りはコミュニケーションが大事。業界では当たり前のことをどうきちんと伝え、それをチラシに反映できるかが大事です。伝わりにくいところを伝える難しさはあります。」

—笠原:「何事もそうですね。ところでいつからここで働いておられるんですか?」
—大島常務:「若い頃は伊丹にいたんですが、成人式に参加する為にお正月に帰省したんです。ちょうどお正月は人手不足ということで手伝うはめになり、結局成人式も参加できませんでした。(笑)
そしてそのまま働くことになり現在に至ります。 30代はがむしゃらに寝ずに仕事して、本当にしんどかった。子供たちのがお風呂に入る時間帯も働いていましたから、子供たちともっと一緒に入りたかったなっていうのが唯一の後悔でしょうか。今思うと、30代というのは空回りの30代というのかな、ずっと背伸びをしていたので壁にぶちあたってもジャンプする力もなかったですね。でもその中で、いい出会いやいい経験があったんですね。そういう人たちのおかげで、乗り越えられたと思います。」

 
—笠原:「いい出会いと言うと?いわゆる人生のメンターにあったわけですね。どんな方ですか。」
—大島常務:「おやじと野村監督ですね。おやじは僕の原点です。『世の中に完璧はない。あったらトラブルという言葉はない。トラブルがあるからメンテや掃除をするんだ。』『都会の100円と田舎の100円は同じ。でも田舎はもっと重みがある。田舎で信用をつくるのは大変なことだ。田舎を舐めたらあかん。』が口癖。野村監督は、彼の本は全て読みました。読んでみると、ほぼ同じことを伝えていますね。 “人の値打ちは失敗するかどうかではなく、失敗から立ち上がれるかどうかである”とかです。答えをもらったというか、癒されましたね。」
忙しい日々の中で読書家の大島常務。事務所には沢山の本が置かれています。いつかは自分の自叙伝を書いてみたいという熱い経営者。

 

絆工房トマト大島常務

 

■ 町の発展と共に歩む会社づくりを目指す

 
—笠原:「大島さんにとって絆とはなんだと思いますか?」

—大島常務:「絆というと、引っ張りあったら切れるもの。お互いにいい感じで引き合うものではないかと。田舎で商売をしていると、地域との絆も非常に大事ですね。但馬はどんどん人口が減っていっています。(都会に)出ていく子ばっかりで、戻ってくる子も住みたいと思える町にしたいです。その点で自分に何が出来るか、但馬の子供たちのために一回やったら終わりじゃないことをしたいと、飛び出し坊や注意の看板を作っています。去年やったからもういいというのではなくこれからもその活動は続けていきたいと思っています。」
 
大島常務の“見えないところで地域活動をやりたい”というポリシーは、現在では但馬という枠を越え、日本や世界の未来をよくする為に研究する人たちをサポートするまでに広がっています。
日本の将来を但馬から応援する地域密着の経営者、大島常務でした。
 

 
 それにしてもこの斜め45度からくる2人の立ち姿、、すごいなぁ〜 byライターの独り言

絆工房トマト大島常務
絆工房トマト大島常務
元担当者も取材途中でチラシ確認でお邪魔しました

【技能でなく礼儀を重んじる子育て】No.43 嶋崎 学様

絆工房と嶋崎学、嶋崎玖

絆工房と嶋崎学、嶋崎玖
 
4才でスノーボードを始め、数々の大会で入賞した後、今年の6月、弱冠10才にして最年少タイ記録でハーフパイプのプロ認定を受けた天才スノーボーダー嶋崎玖。

スノーボードメーカーのトップブランドBurtonとスポンサー契約を結ぶなど、
”プロ顔負け?いやもう既にプロ”の恐るべし小学6年生がここ豊岡にいます。
今回は、スノーボードで脚光を浴び、夢を実現するために親元を離れ海外で厳しいトレーニングに励む息子玖君を日本で温かく見守るお父様の学さんにスポットライトを当て、人との絆、親子との絆など伺います。    

 


■黒く輝く宝物 「玖」

 

絆工房と嶋崎玖くんの父親学さん



ー笠原:「玖君って珍しい名前ですがお父さんが付けられたんですか?」
 
ー嶋崎さん:「僕が野球をやっていたので、最初は「球」という漢字にしようと思いましたが、最終的には黒く輝く宝物という意味のある「玖」にしました。玖がスノーボードを始めたきっかけは、夫婦でスノーボードのインストラクターをボランティアでしておりまして、神鍋のナイターで滑っているうちに夢中になったようです。」
 
ー笠原:「学校の先生をされていらっしゃるということですが、最近の生徒さんはどうですか?
なにか苦労などあれば教えて下さい。」

 
ー嶋崎さん:「そうですね。こちらが良かれと思ってやることが果たして本当に生徒が求めているものかどうかを常に自問しないといけないと思っています。例えば、もっと学力をつけさせたい!って思うと、必然的に宿題が多くなるのですが、そうなると学校から帰って寝るまでのわずかな時間がすべて宿題に充てられてしまう。「もうやった?もう出来た?」という親の声に子供達は常に追い立てられ、余裕がなくなってしまうんですね。
ですから学力は宿題でカバーするのではなく、授業重視でやっていくことが必要だなと思いますね。また最近は自尊心が低い子が多いような気がします。自信がない事ははじめから自制してしまうんですね。本来、子供は認められたがっているんです。 でも悪いレッテルを一度貼られるといい事も出来なくなってしまう、そんな子が自信をつけることが出来るような場の設定や、僕なりの応援が出来たらと取り組んでいます。」
 

■ 教師と経営者の共通項

 

9890嶋崎玖君

 
ー笠原「そうですね。ある一点だけを見て「あいつは悪い奴だ」とこちらの価値観で判断してその人の全人格までも否定してしまおうとする場合がありますね。人は、親や上司といった上の人間からの指導の仕方によって人間形成されます。商品でも同じです。例えば壊れた商品でもそこに価値を見出すことで売れることがあるんですよ。
お話を伺うと、「人をどう活かしていくか」という部分では先生も経営者も一緒だなと思いました。


子供って好きなゲームがあると親に隠れてでも何時間でもやりますよね。一つ一つクリアしていくゲームの楽しさがあります。同じように勉強も仕事もゲームのごとくすると楽しくなるものです。がむしゃらに何かに没頭するというのは達成感があります。その達成感を体感できることがつまり楽しみになります。人は何によって成長するかというと成長が体感できた時です。

絆工房は、ゲーミフィケーションといって、ゲームをするが如くに仕事をするという経営理念があります。普通、人は休み明けの月曜日は仕事に行くのが憂鬱になりますが、月曜日が待ち遠しくなる会社になるよう環境づくりを整えることを経営者として常に考えています。
嶋崎さんのところはご夫婦で決めた子育てのルールなどあるんでしょうか?」
 

 

■ 目的と目標は違う。人生において大切なこととは

 

9890嶋崎玖君

 
ー嶋崎さん:「そんな大げさなことではないのですが、何か一つのことをこつこつと続けることが自信にもつながると思いますから、4才からずっと日記をつけています。まだ字が書けない幼稚園の頃は、妻がそばで一緒に書いていましたね。
時間がない合宿は終わってからまとめて書いてますが、自分がその日何をしたかを振り返って記録していくという日記は続いてますね。 それから、出来る、出来ないといった技能レベルでは叱りませんが、挨拶や感謝の心を忘れた時には叱ります。


例えば、リフトを降りる時はスタッフの人に「有り難う」と挨拶すること、ボードをぞんざいに扱わない、といったことです。今の息子を育てたのは、なにも私たち親だけでなく色んな人たちが育ててくれました。

多くの人の支えによって自分の今があるということを忘れずにいるということです。夢はオリンピック出場のようですが、そこに至るまでの人との絆を大切にしていって欲しいと思います。オリンピックが目標にはなってほしくないと思います。外国での合宿で出会った様々な国の友達との絆を大切にして欲しいです。そういう友達は玖の人生で本当に財産になると思っています。」

絆工房と嶋崎玖くんの父親学さん


ー笠原:「目標と目的は違いますからね。目標はあくまで通過点に過ぎません。そして人と人との絆は、本能だと思います。脳のクセに” 生きたい”、” 知りたい”、” 仲間になりたい” というのがあるそうです。生きたいと知りたいが結びついて発生したのが科学、知りたいと仲間になりたいで発生したのが文化、そして仲間になりたいと生きたいが結びついてうまれたのが宗教です。

これからの時代は人間力が今まで以上にものをいう時代になります。玖君のように若い時から海外に出て違う価値観を持っ帰ってきてくれる若者がどんどん増えて欲しいと思います。井の中の蛙にならず、よそ者、馬鹿者、変わり者、そして若者が地方や日本の意識をどんどん変えていって欲しい、玖君も是非世界で活躍してそこで学んだ異 文化価値観を日本に持ち帰って新しい風を吹き込 んでほしいですね。有り難うございました。」                       

絆工房 嶋崎玖君

 

皆さんも、応援よろしくお願いします!

 
 

【教育は自分づくりが大事】No. 41日本アウトワード・バウンド協会 教育事業部部長 田中裕幸様

大学卒業後、ゼネコン、国会議員の秘書、企業コンサル業を経て日本アウトワード・バウンド協会(以下略OBJ)に就職。7年間の勤務後、自らの会社、『アウトドア・エデュケーションセンター(現)エッセンシャル・エデュケーション』を設立。また、『国立淡路青少年交流の家』の所長就任と多方面から人材育成をプロデュース。現在は会社を息子さんに譲り、2016年OBJで再び教育事業部部長及び関西校ディレクターに就任。2017年4月、旧豊岡市立西気小学校にOBJ関西校が開設。高原の涼しい風が吹き抜ける窓際で話しを伺いました。

会長笠原と同じようにこんがりと日焼けされているのはテニス仲間とのこと。
納得の褐色。

■『冒険活動の中で普段の自分の姿が表れる』

絆工房とアウトワードバウンド田中さん

― 笠原 「OMJはどんな活動をされているんですか?」
― 田中さん「創始者はイギリスのパブリック・スクールの校長クルト・ハーン。
大自然を舞台にロッククライミングやカヤックといった普通の学校では体験できない冒険活動を通して自分を振り返る、
こうありたいという自分の発見しようという活動をしている内閣府認定の公益財団法人です。」

実は、同じ神鍋高原にある植村直己冒険館の登山家植村直己氏の生前アメリカのアウトワード・バウンド協会で
犬ぞりインストラクターを務めたことがあるとのこと。
植村氏も帯広に冒険学校を設立する夢を持つほど青少年育成に情熱をかけていたと言われています。

遠いアメリカのアウトワード・バウンドでインストラクターを務めた植村氏の植村直己冒険館と
OBJ関西校が同じ神鍋高原にあるのは不思議な縁。
この縁を生かし、神鍋高原をどう活性化させるか。


― 田中さん「ロッククライミングやマウンテンバイクといった冒険活動の中では普段の自分の姿がよく見えてきますね。
日常生活でどうにかして壁をよけてやり過ごそうという人(大人でも子供でも)はロッククライミングでもそういう登り方をしています。またマウンテンバイクで限界まで足をつけずに登るチャレンジを子どもたちにさせて、どのような時に足をついたか尋ねてみると、他の子供が足をついたのを見た時といいます。
自己限界が他者との比較になるんですね。様々な場面で『私』という主語で語れない、「私はこう思う。」が言えない子が多いですね。周りの様子を見ながらの発言や行動が多く見られます。」

― 笠原 「出る杭は打たれるからみんなが周りの顔色をうかがって自分の行動を決めるところがありますね。
ただ、ちょっとだけ出ると打たれるけど、思いっきり出てしまったら打たれないと思うよ(笑)。
神鍋高原を含めて地域産業の活性化を考える時に、一番投資効果が高いものは何かというとそれは教育じゃないかと思うんです。ただこの教育が(実を結ぶのに)時間がかかるんですよね。
だからOBJの主な活動を自然豊かな神戸高原からどんどん発信して若者を育てていくことがこれからは大事じゃないかな。」

■ なぜ 底辺 x 高さ÷2なのか?地頭力を育てる

 

― 田中さん「日本の学生は、公式はよく知っている、正解も知っている、でも正解のない答えを導き出すことは苦手。
三角形の面積を求める公式は、テイヘン カケル タカサ ワル 2は知っていても、なぜ2なのか?
自分なりのロジックで説明することが出来ない。不登校キャンプというプログラムの中の若者達が
『学校や大人に「なんで?なんでダメなんだ?」ってこっちがダメな理由を聞いても「ダメなものはダメ」「校則だからダメ」という納得ができない返答ばかりが返ってくる』と言ってます。
自分の発見したり感動がない。
世界一教育水準が高いのはやはり北欧ですが、その中で幼児の自然体験や環境教育、森のようちえんといった活動が盛んです。子どもたちが森の中に入っていろんなことを学ぶのですが、例えば、森に入った時にたまたま動物の死骸に遭遇すると、子どもたちは頭を寄せ合って、なんで死んだんだろ?からはじまって、土に埋めた方がいいんじゃないか?いや、他の動物の餌になるようにこのままにしておこうと色んな意見が飛び交い、延々と話している、
そんな子供たちを先生は何も言わずただ見守っているんです。
本当は、子どもたちは別の目的で森に入ったはずなんです。
先生にそのことを尋ねると、『デモクラシー(民主主義)ですから』という答えが返ってきます。
教育はなんの為にあるのか徹底しているんだと感じました。日本だと、「あー汚いから触っちゃダメ。先に言っておきなさい。その間に先生がお墓を作っておくから後で皆で手を合わせましょう」というふうになるんじゃないでしょうか。」


― 笠原「常に先生や親が答えを用意してお膳立てしてしまっている。転ばぬ先の杖を親が立てすぎて子供が身動きとれなくなってしまっています。出来るだけ杖を立てないことですね。」

 

■ 強調と同調は違う

絆工房とアウトワードバウンド田中さん


ー田中さん 「日本の学生は、公式や正解はよく知っているけど、問題が起きてエラーを自分でリカバリーする力がないですね。野外活動で飯ごう炊さんをした時、ある班がお米を地面に落としてひっくり返してしまったんです。
『ご飯を落としました!』って言いに来たもんだから
『それで?』って言うとびっくりするんですよ。
しばらくするとまたやって来て『代わりにお米はありませんか?』と言うから
『ない!』(笑)というとまたびっくりして今度は
『他の班のご飯を分けてもらってもいい?』と聞くから
『いいよ、先生のところにはないけど』。


問題が起こった時にどう解決していくかを自らの力で考える機会をもっと体験を通して学んでいくことが必要です。
転んだらどうやっておきあがったらいいか、それを家庭も学校も教えていないから問題が発した時に、ヘルプメッセージが出せない、声を出せない、そして周りも声をかけない。
その結果、せっかく一流大学を卒業し、一流企業に就職したのに会社にいけなくなってしまう。
3年以内の離職率が30%ですよ。会社を辞めた後の方が人生長いんですがね。」

― 笠原 「企業に求められるのは人間力。教育までを会社が教えるわけにはいかないから、
社会に出る前にこういう田中さんのような活動の場で若者が自活、自力することを学んでいって欲しいと思いますね。」


― 田中さん 「学校の教室によく壁に『仲間づくり』と掲げられていますよね、でも本当は『自分づくり』なんですよ。
まず、自分というものが大事
『私はこう思う』『私はこうする』という、【色んな私】が強調していけるような仲間づくりなら大事なんですが、
そうではないですよね。皆と同じことをすることを求められる。ずっと学校では同調しろと言われ、社会に出た途端にいきなり自分で考えて行動しろと言れる。
『そんなこと学校で教えてもららってませんけど』って話になる。人間館kネイのストレスを他人のせいにしてしまったりね。日本の学力は低下していると言われていますが、僕は基本的な学力はいぜんとして日本は高いと思っています。
保有能力はある。ただ発揮能力がない。それをOBJのようなところで発揮できる、そんな場を提供できたらと思います。」 

アウトワードバウンド

若者を社会という大海原にもうすぐ送り出そうという意味をこめたOBS のロゴマーク。
学校で教えられることと社会や会社で求められる人材や人間性の間を、大自然というツールを使って限りなく縮める。

学びと実社会のギャップを埋め、本当の自分自身に気づき自分がどうありたいか、そのことを社会の中で実現しようとする強い気持ちをもった人を養う活動。これが田中さんの目指す活動です。
経営と教育、実は密接につながっています。

以上