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大島興産株式会社 常務取締役 大 島 康 弘様

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トマト大島乗務

『次世代が戻ってきたいと思える町に』

「絆さんとは24年前に幟をやってもらったのが最初だったかな。」電話が終わりそういいながら、奥の部屋から現れた大島さん。幅の狭いラインが上品なペンシルストライプ柄のズボンとベストがスタイリッシュな大島常務。若い経営者が取り組む絆の話しを伺いました。
 


 

■ 多くの出会いを通して経験を重ねた経営者

 
笠原「24年前からの付き合いになるんでしょうか。最初は幟で、広告、今はチラシですね。どうですか?(当社担当者は)ちゃんとやっていますか?(笑)」
—大島常務「もちろん。こういうやり取りはコミュニケーションが大事。業界では当たり前のことをどうきちんと伝え、それをチラシに反映できるかが大事です。伝わりにくいところを伝える難しさはあります。」
笠原:「何事もそうですね。ところでいつからここで働いておられるんですか?」
—大島常務:「若い頃は伊丹にいたんですが、成人式に参加する為にお正月に帰省したんです。ちょうどお正月は人手不足ということで手伝うはめになり、結局成人式も参加できませんでした。(笑)そしてそのまま働くことになり現在に至ります。 30代はがむしゃらに寝ずに仕事して、本当にしんどかった。子供たちのがお風呂に入る時間帯も働いていましたから、子供たちともっと一緒に入りたかったなっていうのが唯一の後悔でしょうか。今思うと、30代というのは空回りの30代というのかな、ずっと背伸びをしていたので壁にぶちあたってもジャンプする力もなかったですね。でもその中で、いい出会いやいい経験があったんですね。そういう人たちのおかげで、乗り越えられたと思います。」
 
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笠原:「いい出会いと言うと?いわゆる人生のメンターにあったわけですね。どんな方ですか。」
大島常務:「おやじと野村監督ですね。おやじは僕の原点です。『世の中に完璧はない。あったらトラブルという言葉はない。トラブルがあるからメンテや掃除をするんだ。』『都会の100円と田舎の100円は同じ。でも田舎はもっと重みがある。田舎で信用をつくるのは大変なことだ。田舎を舐めたらあかん。』が口癖。野村監督は、彼の本は全て読みました。読んでみると、ほぼ同じことを伝えていますね。 “人の値打ちは失敗するかどうかではなく、失敗から立ち上がれるかどうかである”とかです。答えをもらったというか、癒されましたね。」
忙しい日々の中で読書家の大島常務。事務所には沢山の本が置かれています。いつかは自分の自叙伝を書いてみたいという熱い経営者。
 

■ 町の発展と共に歩む会社づくりを目指す

 
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笠原:「大島さんにとって絆とはなんだと思いますか?」
大島常務:「絆というと、引っ張りあったら切れるもの。お互いにいい感じで引き合うものではないかと。田舎で商売をしていると、地域との絆も非常に大事ですね。但馬はどんどん人口が減っていっています。(都会に)出ていく子ばっかりで、戻ってくる子も住みたいと思える町にしたいです。その点で自分に何が出来るか、但馬の子供たちのために一回やったら終わりじゃないことをしたいと、飛び出し坊や注意の看板を作っています。去年やったからもういいというのではなくこれからもその活動は続けていきたいと思っています。」
 
大島常務の“見えないところで地域活動をやりたい”というポリシーは、現在では但馬という枠を越え、日本や世界の未来をよくする為に研究する人たちをサポートするまでに広がっています。
日本の将来を但馬から応援する地域密着の経営者、大島常務でした。
 
 
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